否定神学と交換可能性との関係。。。
否定神学は「ない」ということを「共有可能」というときに成り立つ。
すなわち、主体(自他)の「交換可能性」が前提条件になっている。
これは、たとえば、「平和・唯一絶対神」を求め合う民族同士が、「平和・唯一絶対神」を求めるがゆえに争うという場合にも当てはまる。
また、サンタさんが「いない」ということを「共有可能」である場合に、「いない」を超越するサンタさんが「いる」ということを「共有可能」であるという場合にも当てはまる。
前者は、「中心」がずれており、「交換可能性」が成り立てば、「仮想中心」として重ね合わせたとき、同一方向を向くということで「共有可能」だということ等価である。
後者は、「仮想中心」を立てなくても、「中心」が同一であるとみなしうる共同体(「ない」という側)であり、その外部に「仮想の対極」(「ある」という側)を見立てることで、常に「交換可能性」を維持しようとすることと等価である。

===以下、04/12/27 15:44:00追加===
(走り書きゆえ、訂正の可能性があります。あるいは、別投稿にするかもしれません。)

価値観という概念があるとする。

価値観とは「○○にとっての」価値観であり、「相対的であり、絶対的な価値観はない」ということになる。

しかしながら、「価値観という概念」は、歴然として共有される。
これは、「神という概念」や「霊という概念」、さらに「平和という概念」や、「愛という概念」に似ている。

全く同様に扱いうる対象として「情という概念」がある。

これらに共通なのは、主体(自他)の「交換可能性」を仮定したときに表れるであろう「仮想中心」を共有可能(すなわち、知的側面にて幻想的に共有可能)であるときに、「(たとえ反対方向でも)方向性が同一」ということと等価である。
即ち、「知的側面にて幻想的に共有可能」ということを「共有可能」ということと、「概念」を「共有可能」であることは、(まさにトートロジー的ゆえ)同値である。

逆に言えば(二段階目の「共有可能」を外して倒置すれば)、「概念」とは「知的側面にて幻想的に共有可能」なものであるということになる。(←包含関係でなく、同値ゆえに交換可能)。
まさに、「概念」とは、そういった定義が可能だということを意味している。

「否定神学」での「否定」による「肯定」という過程は、概念が共有可能であるという前提条件が必要になる。
即ち、(ひどく当たり前であるが)「当該概念がなければ成立し得ない」ということであり、すでに土俵の上に立つことが可能であるといった段階で、「当該概念」を有しており、共有することが可能であることを表明していることに他ならない。

既に「知的切断」を行う場合の「情」にて述べたことが、すべて「概念」に当てはまりうる。すなわち、「主体」と「(知的に切断された)概念」と「それらの関係」は、切り離せないもの(総体)であり、そうであるが故に、哲学的な対象となりうるのであり、「知的に切断された概念」は、それを「思考する」主体のもつ知的境界面上に立ち表れるものとなりうる。

現行の脳科学は、「知的境界面」が如何なるものかを探る研究といって過言ではない。
ただし、それは「主体」と「概念」から切り離された「知的境界面」であり、そこに投影される「像」と、投影を受ける「スクリーン」(どこに、どのような形で投影されるか)との関係を調べているともいえる。

さて、横道にそれたが、「概念」ということを共有できるということが、広く人種を超えて可能であるということは、驚くべきことでもある。

「超越的な存在」をそこに見出そうとすることの正当性すら、そこに立脚しうる。すなわち、そういったことを可能たらしめているのが、まさに「超越的な存在」だと。。。
ただし、ひとたび「超越的な存在」を仮定してしまうと、「概念」に知的境界(切断面)を発生させることになり、「超越的な存在」は「非超越的な存在」に成り下がってしまう。

したがって「概念」は「知的側面にて幻想的に共有可能であり、総体として共有不可能なもの」ということを超える事はできないということを強く認識する必要性がある。でなければ、「超越的な存在」という知的切断が、「超越的な存在」を否定してしまうからである。ここにおいて、「否定神学的」に共有可能以外の「知的側面にて幻想的に共有可能な超越的な存在」はありえないということを、再認識すべきである。

と、長々書いたが、こういったことは、まさに「語りえぬもの」という一言のもとに表しうるものであるけれども、その一言の深さは、それを考える人々の思いの深さに依存するのだろうと思う。

08/04/04 04:50 補足
※超越的---「超越論的」とは異なる。
○○的と○○論的との差異に注意
たとえば、「存在的---存在論的」については、
マルティン・ハイデガー『存在と時間』(全3冊) ---  松岡正剛の千夜千冊
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0916.html
などを参照してください。
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by kisugi_jinen | 2004-12-27 08:53 | 思考。。。 | Trackback(1) | Comments(2)
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Tracked from 来生自然の。。。 at 2005-01-07 05:02
タイトル : それは。。。
大晦日最終時間帯に記した「。。。」 いったい、なんなのだろうか? 更に明確な表現を試みるならば、 1.方向性を有し、その知的切断面に「対象の概念」が立ち現れるもの。 2.対象の存在の有無にかかわらず、「対象の概念」に知的な言及が可能(方向性を含む言葉、否定神学的な定義、ないし超越論的な言及などが可能)。 3.共有可能(共感可能)な場合と、共有不可能(共感不可能)な場合を含む。すなわち、対立する方向性であっても、両方向性の知的切断面(対象の概念)が同一であれば、同一とみなす。 4.3で「...... more
Commented by kisugi_jinen at 2004-12-27 20:07
要するに、「猫に小判」である。
「価値観という概念」を共有すらできないとき、すなわち同じ土俵に上がれないとき、それは「猫に小判」という「概念」でしかない。ということである。
はっきり言えば、幻想的にでも「概念」を共有できなければ、端から議論も、いや「認識」すらしていない状態であり、「完全なすれ違い」いや「完全な断絶」があるゆえに、争いすら起こらないということである。
Commented by kisugi_jinen at 2004-12-28 05:36
。。。と、
===
即ち、「知的側面にて幻想的に共有可能」ということを「共有可能」ということと、「概念」を「共有可能」であることは、(まさにトートロジー的ゆえ)同値である。

逆に言えば(二段階目の「共有可能」を外して倒置すれば)、「概念」とは「知的側面にて幻想的に共有可能」なものであるということになる。(←包含関係でなく、同値ゆえに交換可能)。
まさに、「概念」とは、そういった定義が可能だということを意味している。
===
は、なんだが「主張」したいがために書きなぐった感が強すぎる。
後日、別投稿にするときに、もっとマトモな表現に変えよう。。。
<< 天動説と地動説と相対性と。。。 京都。。。 >>



「ともし火に我もむかはず燈(ともしび)もわれにむかはず己がまにまに」(光厳院) --- 厳然とした境界を越え得ぬとき、その上でなお、越えうるものがあるとすれば、それは「情」である。
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