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過去の全てを背負っての、令和への願い。。。
ピンクの双頭の刃(やいば)は
誰に向けたかったのだろうか?
いや誰に向けて欲しかったのだろうか?
そのモニュメントの向こうに
何を求めたかったのだろうか?

愚人は既に、最終的な目的を達している「つもり」になっているだろう

自らの欲望、行いたかったことを、モニュメントと化した槍にし
伝達先を明確に提示しつつ、メディアに取り上げさせたこと
繰り返し、繰り返し、メディアは聡明な思春期人に「伝達」するという共謀の様相を呈している

しかしながら愚人は、聡明な思春期人の評価という点において、
二重の意味で過ちを犯している

一重目の輪
聡明な思春期人であったとしてもたとえ神の子であったとしても
母から生まれ来るものだということ
そうして、それが、国家を支える基盤であるということ
刃(やいば)を向けるものを想定していたとするなら
そういった連綿と続く国家の礎に刃(やいば)を向けるようなもの

二重目の輪
愚人は聡明な思春期人を評価している「つもり」になっているからこそ
相手の尊厳を無視する行為を行いうる
聡明な思春期人を恐れ戦かせる(おののかせる)ことが目的だったとしても
あるいは
聡明な思春期人を意のままに操りたいという欲望があったとしても
いずれも失敗に終わりうる

そうして、私もまた、かような記述を行うという意味において、三重目の過ちを、あえて犯している

なにがしかの記述を残すということは
聡明な思春期人を、私の思索の中で扱いうる対象にするということ
その愚かしさを超えた、聡明な思春期人であることを、望みつつ・・・

愚人のモニュメントを知ったとしても
聡明な思春期人は誰にも刃(やいば)を向けることもなく
切っ先をへし折り、溶かして鍬や鋤に打ち換え
血を流すことよりも、汗を流すことを選ぶことだろう
歪んだ過去のわだかまりを超えていくことだろう

平成は終わり
令和が来る
あたかも暮れ行く母なる海原に
残光が融けこむように薄れていき
そうして、また海原から
新しい夜明けが厳かに始まるように

あるいは、険しい父なる山々の端を染めつつ
黄昏が過ぎ
そうして、また父なる山々から
新しい夜明けが始まるように

住まう土地と気候に応じ
皆が皆、それぞれに異なる日没と
異なる夜明けを迎える

平成を含め、過去の時代を排除することなく含みつつ
令和という時代が重なっていく

過去を切り捨てることなど不可能であり
全てを背負って新たな時代へと生き続けることへの
覚悟なら既に終えているであろう、聡明な思春期人達へ

# by kisugi_jinen | 2019-05-01 05:28 | つれづれ。。。 | Trackback | Comments(0)
ネットの世界。。。綿飴と雲と蜘蛛と。。。
ネットの世界。。。
遠くから見ていた時には、まるで綿飴のように見える空の雲(クラウド)。。。

入ってみると、まさに雲の中。。。
霧のスクリーンに幻想的な世界が投影されて。。。

霧で覆われた狭い領域。。。
誰にも見えないはずなのに。。。
一瞬で霧が流れ去り、晴天の元で丸裸。。。
でも「ノリだよ」といって
いつでも逃げ込める雲は、すぐに見つかる。。。

甘いはずの綿飴は、いつしか溶けて糸を引き。。。
ゆるやかに自由なはずだった心を縛りつけていく。。。

綿飴だった糸は、いつしか蜘蛛の糸(ウェブ)となり
絡めとられ、甘美な夢を求め続けたくなる毒牙に咬まれる。。。

広大な荒野で仲間と楽しく戦う夢をむさぼり
暇な時間つぶしのはずが、生きる時間までも吸い取られていく。。。

死んだことすら忘却の彼方に置き忘れるほどの、甘く強い毒。。。

数多くの武器と数多くの殺戮と数多くの裏切りと数多くの戦友との戦いの世界に麻痺することで
雲のスクリーンの向こう側にいる、自分と同じく血の通った人間に
死の境界を越えさせる言葉を浴びせかけることに、何のためらいも感じなくなるのだろう。。。

# by kisugi_jinen | 2019-04-01 03:48 | つれづれ。。。 | Trackback | Comments(0)
ボヘミアン・ラプソディ、ロックの青春時代の家族愛の向こう側。。。
そろそろ空いてきた頃合いかと思い、三月中に使い切らねばならない映画のフリーチケットを片手に、ボヘミアン・ラプソディを観てきた。

最近、映画の長さに時々身体が耐えられず、僅かな隙間を見つけて自身のトイレ休憩にしていることもあり、空いている映画館で、使い切る必要のあるチケットでもない限り、出かけてまで見ようとは思わない様になっている。

いや、思った以上の圧巻だった。
皆が結末を知った上で、それでも観たくなる。それも映画館で。
その理由は、映画館で見ないとわからない。

彼等が生きていた時代、ロックの騒音が好きでは無かった私にさえ、トイレ休憩をギリギリまで我慢させる、役者のパフォーマンス。

時代の流れ、波、縛り。。。
影響を与える者たちの意思・運の強さ・天賦の才は、影響を与えられる者たちの思い・情と絡みあって時代の流れ、波を作り出すとともに、彼等を縛りつける。。。
ゲイやエイズという概念を知ったあの頃。。。
そういった一切の物事を最終的に包み込むのは最終的に「家族愛」だと純粋に生きていけたのもまた、時代の流れだったのだろう。。。

家族愛に救いを求められたのは、ロックというジャンルがまさに青春の真っ只中にあったが故なのかも知れない。

青春の無謀さのみならず、当時、多くの人が忌避したゲイとエイズもまた、彼等が大成功したという事実を知っているからこそ、ある意味、受け入れられるというのもあるだろうけれども、基底に流れる家族愛無くしては、騒がしく危なっかしいだけのロックのあんちゃん達の物語で終わっていた事だろう。。。

包み込む家族愛は万人に共通し、共感を得やすい。
特にフレディの父の思いに共感するたびに、私の青春時代と、青春真っ只中の息子の思いを重ね合わさざるを得ない。

結末が分かっている映画にもかかわらず、さほどロックが好きでは無かった私の魂を、騒音を超えたあの頃の懐かしさのエレキのビートに思う存分包み込ませる事ができたのも、そういった感性を呼び覚ます映画だからこそなのだろう。

2019.03.04 22:37 一部修正
よりによって「ラプソディ」を「ラブソディ」にしていたという、恥ずかしい誤りを修正。。。

# by kisugi_jinen | 2019-03-04 03:59 | つれづれ。。。 | Trackback | Comments(0)
バイトテロ。。。そろそろ考え方を反転させてもいい頃では?。。。
インスタのストーリーズに投稿したバイト先での「不適切」な投稿が、ツイッターにて拡散され、ニュースを賑わせている。。。

ひと昔前に流行った「バカッター」が、「バカスタグラム」と名前を変えて来ているとも言われている。
「ストーリーズだから直ぐに消えるので大丈夫」
とか、
「(鍵掛けて)友達しか見てないから大丈夫」
だとか、
勝手な思い込みも背景にある様だ。。。


一連の騒動は様々な反応や見方を誘発している。先ずは当事者のバッシング・特定に始まり、法的処置の可能性についての意見や、著作権がどうこうとか、雇用側の責任(雇用条件)に関する意見など散見される様になって来ているが、「被害者」は?という観点から見るのが、思索のスタートとしては、最も順当だと思う。
1. 雇用主の企業
2. バイト当事者、および家族、所属学校、出身校など
3. 該当店舗を利用する客(気持ち悪く行きたくもないが、倒産すれば困る人たち)
4. 該当店舗でバイトしようとしている学生達
ぐらいだろうか。。。

単なる悪ふざけのつもりであろうが、ブラックバイトに対するテロであろうが、自身の身の破滅だけでなく、家族や出身校までも晒され、挙句に同級生や後輩たちのバイトの口も減らしてしまう、とんでもなくイタイ人々。。。

おバカな行為を考えたり、実行したりする力を、バイトしやすい環境の構築・改善へと振り替えてみるのはどうだろうか?

「バレなきゃ破壊して逃避すれば大丈夫」というのではなく、「より良い環境の構築・改善を、歴代の学生バイトの連携で持続させる」等、そろそろ考え方を反転させてもいい頃だと思うのだが。。。

このままでは、アジア圏で、いや、世界で一番「おバカな学生を擁する国」とレッテルを貼られかねないし、東京五輪や大阪万博での海外からの渡航者に、安心して食事やサービスを受けていただけるかどうかすら、危ぶまれかねないだろう。。。

バーチャルでの破壊・殺戮のゲームから、リアルの世界を救う、本当のゲームに転換すべき時期なのに。。。

# by kisugi_jinen | 2019-02-13 02:52 | つれづれ。。。 | Trackback | Comments(0)
「大吉のおみくじ」を本当に拾って運勢を自身のものと解釈したがる方々がいるらしい。。。
「水は答えを知っている」と、「他人の落とした大吉」の関係。。。

上記の記事が何故だかアクセス上位に上がって来たので気になっていたのだが、どうやら水伝がらみではなく、大吉のおみくじを拾ったケースについの検索対象となっているからのようだ。

そもそも、落ちてるおみくじを拾おうなんて気持ちになったことが無い。

(信じている人の場合には)そこに至る経緯に、幾ばくかの怨念が絡んでる可能性もあり得ると、思わないのであろうか?
そう言ったものが絡みついたものを拾おうなんて、
1. そもそも、おみくじの背景にある、いわゆる「目に見えないもの」(知的ではなく、情的なもの)を全く信じていない、ないし、全く気にとめていない。(落とした人の心情を鑑みれば、拾って自分のものにしようなんて気にはなれない。)
か、
2. 信じていても、自分自身に都合のいいもののみ「信じ」、都合の悪いものは「信じない」、超・利己主義 (ないし、究極の一神教信者)
かの、いずれかなのだろう。

全く信じていない場合は、「大吉」を拾っても「やった!」なんて気持ちにはならないだろう。

たとえ拾ったとしても「大吉」を喜ぶ限り、多少なりとも「信じている」ということだろう。
即ち、超・利己主義の人が増えているとしか、考えられないのだが。。。
それこそ、水伝をまともに信じてしまう方々が増えているということになる。。。

日本の未来が、危ぶまれると、思うのは、私だけなのだろうか?



# by kisugi_jinen | 2019-01-08 07:23 | つれづれ。。。 | Trackback | Comments(0)



「ともし火に我もむかはず燈(ともしび)もわれにむかはず己がまにまに」(光厳院) --- 厳然とした境界を越え得ぬとき、その上でなお、越えうるものがあるとすれば、それは「情」である。
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