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Pythonメモ。。。2-1:conda系。。。
2番目にリストアップした書籍:「科学技術計算」で使うPython
IDEとしてのAnacondaを使用することを前提条件にしている。

Anacondaのインストールを含め、関連する問題点については、下記を参照してください。

Anacondaインストール後、書籍のサンプルを実行していく過程で、躓きやすい点を含め、自身へのメモを下記に記していきます。
※Anacondaインストール後、3つあるプログラミング環境のうち、Spyderを利用しています。
※以下ソースコードには「>>>」を行頭に付しておきます(Spyder等では「In[#]:」が表示されます)

  • Numpyの現在のディレクトリを確認する方法
    osモジュールのgetcwd()関数を利用する。
    >>> import os
    >>> os.getcwd()
  • ディレクトリの区切子(OSによって異なる可能性あり。windowsでは下記の2通り)
    バックスラッシュを二つ
    スラッシュを一つ


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# by kisugi_jinen | 2018-01-03 07:28 | program。。。 | Trackback | Comments(0)
Pythonメモ。。。1。。。
Pythonは数年前から少しだけかじっていたのだが、急速に主流の言語として地位を築いてきていることもあり、下記の書籍を中心に、学習していくことにした。
しばらくの間、各過程にて躓きやすいところ等を中心に、自分自身への(そして、誰かへの)メモを残していくことにする。

書籍
  • Python入門 (2&3対応)、株式会社エスキュービズム/細田謙二/オレンジ岸本/石井光次郎/岩川建彦/岡田正彦、秀和システム、2011.12.1(第1版第3刷)、ISBN-13: 978-4798026558
    2012年ぐらいに購入した本。2と3の言語体系全体を俯瞰しつつサンプルコードで言語の特徴を捉えるには良いと思う。
書籍の情報(正誤表等へのリンクを含む):
http://www.shuwasystem.co.jp/products/7980html/2655.html
  • 「科学技術計算」で使う Python、林 真 著、I/O BOOKS、、2016.10.25(初版)ISBN-13: 978-4777519774
    1年ほど前に購入した本。PythonのIDE関連には少しばかり問題があるようだが、IDEとしてAnacondaをベースに使用目的を科学技術計算に絞ってコンパクトにまとめた本。
正誤表を含めた書籍のホームページ:http://www.kohgakusha.co.jp/support/kk_python/index.html
  • Fluent Python -Pythonicな思考とコーディング手法、Luciano Ramalho著、富沢 聡/桑井博之 監訳、梶尾玲子訳、O'REILLY、2017.10.11(初版第1刷)、ISBN-13: 978-4873118178
    1か月ほど前に購入した本。言語構造と問題点を含め、非常に深いところまで突っ込んだ本。これだけの本が出版されるところをみると、Pythonを利用したい人々の情熱が伝わってくる。


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# by kisugi_jinen | 2018-01-03 06:29 | program。。。 | Trackback | Comments(0)
カズオ・イシグロ氏、ノーベル文学賞。。。
いや、びっくりした。。。

仕事を終え、ネットニュースを閲覧したらトップで「カズオ・イシグロ、ノーベル文学賞」とある。

2017.10.06 22:45 追記、10.07 07:02、10.08 05:16、10.09 04:43、10:00一部修正・追記
今回の受賞理由としては、スウェーデン・アカデミーによると「世界とつながっているという幻想的な感覚にひそむ深淵」を明らかにしたことだという。
2017.10.9 03:44 追記
原文を見つけた
https://www.nobelprize.org/nobel_prizes/literature/laureates/2017/press.pdf
“who, in novels of great emotional force, has uncovered the
abyss beneath our illusory sense of connection with the world”

まさに「わたしを離さないで」にて表現されていた事柄。。。

「同じ人間」だという語りの視点、即ち「主人公(達)が世界とつながっている」という感覚が、外部からの視点にフェードアウトした途端、クローンという概念にて切り離されてしまう。。。
グローバル化に求めてしまう「個別の人間」としての知的幻想は「皆、同じ人間」。。。
しかしながら境界を排除され、フェードアウトした民族・宗教は「同胞と他者・内部と外部」という概念にて周囲から「わたしを切り離し」、わたしから「周囲を切り離して」しまう。。。「同じでは無い」と。。。
その深淵の深さは日本人には覗き込めない、いや、覗き込みたく無いのだろう。覗き込む人々は、施設に入所する弱者を殺戮するような犯罪者・異常者と、同一視されてしまうからかも知れない。。。それゆえ「わたしを離さないで」のドラマの視聴率は伸びなかったのかもしれない。。。
しかしながらゾンビ系ヴァーチャルの世界、知的幻想的なゲーム内部ではいともたやすく大量殺戮を行う人々がいる。。。深淵を覗き込むとヴァーチャルとリアルが反転して見えてくる。。。テロの横行、ロシアでの人肉食事件、ラスベガスでの銃乱射事件、日本でも発生する猟奇的事件、先日からネット上でも報道されている宮崎勤元死刑囚の理性的だったとの記事。。。これらは「わたしを離さないで」を読む側、即ち「壁の外」の側の現実という深淵。。。「乗り越えるためにある」はずの壁の外に、たとえ絶望しか無かったとしても、彼女ら主人公達は、歩んで行くであろう。。。それ程の深淵を越えてでも。。。
===
。。。ドラマ「わたしを離さないで」から入り、同名の文庫を購入して読んだ以外、カズオ・イシグロ氏の他の作品に触れていない。
在庫が心配だが、「日の名残り」など、他の作品も読んでみたくなった。
そうして、更なる深淵の深さを感じ取りたくなった。。。

家族から敬遠されていて、私以外、誰も見ていなかった、綾瀬はるか主演のドラマ「わたしを離さないで」も、録画ブルーレイディスクから復活するかも知れない。
とりあえず、見返したときのために、書き綴ったブログリストを発掘。。。

。。。以上、第5話まで見た後での感想
。。。第6話を見た後の投稿
。。。原著の日本語文庫版を、ザックリと読んだ後での感想
。。。以上、第7話まで見た後での感想
。。。以上、第8話まで見た後での感想
。。。以上、第9話まで見た後での感想
。。。以上、第10話・最終回まで見た後での感想

と、いつかリストとしてまとめるつもりだったのだが、多すぎてそのまま放置状態だったのを思い出した。
ノーベル文学賞のお陰で、まとめることができ、本当に有難い限りである。

最後に一言。。。おめでとう!!

=====
2017.10.09 04:19 urlリストにコメント追加

=====
2017.10.13 00:12
とうとう、地上波再放送が決まった様だ。。。



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# by kisugi_jinen | 2017-10-06 00:47 | つれづれ。。。 | Trackback | Comments(0)
知と情と倫理と。。。
過去、本ブログでは、知の情に対する優位性、情の知に対する優位性、或いは、総体を知的に切断する面と切断面を貫く動的な情などの記述を行なってきた。
多くの場合、「理性的な」は、情を抑えつける知的な思索が優位なのでは無く、情を後付け的に説明し得る論理的な裏付けを求めようとすることだと思っている。

で、「倫理的な」であるが、そもそも法というレベルでの縛り、即ち、二者択一的な判断が有効なレベルではなく、状況・情況に応じた双方向的な立場での「・・・した方が良い」といったレベルの論考になる。

相互に(或いは一方的に)喧嘩状態とか、戦闘状態とか、問題を認識していない、或いは出来ない状況・情況であれば、当人にとって倫理的な思索は不可能であろう。他人が行った倫理的な思索は、当人にとっては何の意味も持ち得ない可能性が極めて高い。

相互に主体を交換可能なレベルに想定してこそ、倫理的な思索が成り立ち得ると考える。

例えば「〇〇ハラスメント」は、被害者の側と周囲の見解が一致したとしても、当人が相手の立場に立ち得ない場合、根本的な問題解決にはなり得ないだろう。当人に倫理的な思索にて、被害者の心情を慮る心が芽生えてこそ、やっとスタート地点に立てるということになるだろう。

人間が霊長類の中から、人間として分離したのは、相互に助け合い、思いやる心を持ったからだという話もある。--- 松沢哲郎先生(京都大学高等研究院特別教授)

情を押し殺した知性は犯罪へと向かい、知性を蔑ろにした情は破滅へと突き進む。

ネット優位の社会は、知と情のダイナミズムを意志にて統制しつつ、他者を思いやる心を持ち続けることが難しくなりつつあるのかも知れない。

そう思いつつも、諦めないで生き続けていくことが、大切なのかも知れない。。。

※松澤氏の講演があったとのこと。。。知らなかった。。。今度機会があれば、聴きに行きたいものである。
http://www.matsuzawa.kyoto/talks/ja/2017-01-26-gifu.html


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# by kisugi_jinen | 2017-09-30 23:17 | つれづれ。。。 | Trackback | Comments(0)
ともし火に我もむかはず灯も我にむかはずおのがまにまに。。。光厳院の燈火連作6首を読む。。。
本ブログの座右の銘となってしまった短歌
「ともし火に我もむかはず灯も我にむかはずおのがまにまに」

光厳院の作として最初に目にしたのは、岩波新書・黄113「折々のうた」(大岡 信)であった。

その後、ネット検索して、岩佐美代子氏の「光厳院御集全釈」における丸谷才一氏の書評(毎日新聞)を見つけた。今は、URLは消失してしまっているが、そこに記されていた解説の一部は砂子屋書房の「一首鑑賞・日々のクオリア」内に記載されていた。(http://sunagoya.com/tanka/?p=12718
=== 資料からの抜粋+丸谷才一氏の書評での表記
「光厳院は生れながらにして、この国の天皇たるべく教育され、不幸にも土崩瓦解の乱世の中に立って、誠実にその天命を果さんとし、類い稀な流離と幽囚を味わい、最後に民の不幸を我が責任として戦死者の慰霊贖罪を果した上、身分も愛憎もすべてを捨て去って、山寺の一老僧として生涯を閉じた。我が国歴代中、自らの地位に対して明白に責任を取る事を、身をもって実現した天皇は、光厳院一人であったと言っても過言ではない」(『光厳院御集全釈』解説)
===

光厳院について興味を抱いたこともあり、歴史的背景については、近隣の図書館にて「地獄を二度も見た天皇 光厳院 (歴史文化ライブラリー)」を借りて読んだのだが、やんごとなく過ごせたはずの身分でありながら、目前で多数の兵(つわもの)たちが自害していく様を受け入れざるを得なかった心境を含め、当時の時代のうねりを背面からうかがい知りえた気がした。

長くなりそうなので、蘊蓄については最後にリンクしている複数の資料を閲覧していただくこととして、本題に入る。

「光厳院御集」の燈火の6首は連作と解釈されており、リンク先資料にも様々な訳がなされているのだが、「連作」としての解釈ではなく、ほとんどが「単独」の和歌としての解釈を並べただけとなってしまっている。
和歌本来の味わいを行間に読み取る向きにはいいのだが、背景事情を十分に理解しえない方々にとっては、「どこがいいの?」となってしまいかねない。
連作という塊で扱うのであれば、行間もあえて記述するほどの訳にすべきだろうと思い、下記にまとめてみた。
なお、「かげ」は「光」として単一に扱う向きがあるが、ここではあえて「光と影」の両方の意味とした。
「ともし火」の「光」には、栄光や栄華といった概念が重なり合うゆえ、天皇、および取り巻く権力という概念もまた重ね合わされるのであろう。
「ともし火に向かう」という言葉には、そういった「権力に向かう・迎合する」という意味も込められていると考えるべきであろう。
そうすれば、歌に込められた光厳院の心情を、より深く、読み解くことができるような気がする。。。
=== 元の和歌・6首 === 
さ夜ふくる窓の灯つくづくとかげもしづけし我もしづけし

心とてよもにうつるよ何ぞこれただ此れむかふともし火のかげ

むかひなす心に物やあはれなるあはれにもあらじ灯のかげ

ふくる夜の灯のかげをおのづから物のあはれにむかひなしぬる

過ぎにし世いまゆくさきと思ひうつる心よいづらともし火の本

ともし火に我もむかはず灯も我にむかはずおのがまにまに
=== ===

=== 訳・意訳 2017.09.12 0:55 意訳追加、09.13 0:15一部修正===
夜は更けて窓のともし火だけがしみじみと辺りを照らし出している。
かすかに揺らぐその光と映し出された影は静かに落ち着いている。
そうして、その光と影をみている私自身も、(かすかに揺らぎながらも、)静かに落ち着いている・・・

(こうやって静かに佇んでいると、昔のことが思い起こされてくる。ともし火の火は、業火にも重ね合わされてくる・・・)

心といっても、あちらこちらに移り行くものだ。
何なんだろう、これは・・・
この心が向かっているのはともし火の光と影だというのに・・・

向き合おうとする心には、(おぞましい過去の出来事を含め)物事はあわれであった
あわれというものでもない、ともし火の光と影なのに・・・

更けていく夜のともし火の光と影
その光と影をいつのまにか自然と(あの過去の、そうして未来の)物事のあわれに向かわせてしまった

過ぎてしまった世、そして、これからの先へと思いが移り行く心
その心はどこにあるのだろうか?
ともし火のもと(で、そう思う心なのに)

(過去、私が経験してきたおぞましい争い、自らの命を投げ出していかざるを得なかった者たちの思い・・・そういった事態を招くのは、なにがしかの光輝くものに向かう心がなしうるのではないのだろうか? そういった事態を招きつつ、あわれとして心の窓に映し出す)ともし火というものに、(出家して皆を弔うようになった)私も向かわない
(そういった)ともし火もまた、私には向かわない
それぞれが、それぞれに、そのままに(あるべきものなのだろう)
=== ===

意訳に利用した辞書
古文辞書 - Weblio古語辞典古語辞典

参照した資料
1.孤独な散歩者の夢想
「孤独の調べ ― 光厳院」

2.砂子屋書房 一首鑑賞 日々のクオリア
 一ノ関忠人 「さ夜ふくる窓の燈つくづくとかげもしづけし我もしづけし」

3.南北朝についての日記?(カオリ丸)
花園・光厳両院についても 岩佐美代子著『宮廷に生きる 天皇と 女房と』

4.06 Column (武藤健城・イーガル)
本003 光厳院御集全釈 岩佐美代子


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# by kisugi_jinen | 2017-09-11 06:45 | つれづれ。。。 | Trackback | Comments(0)



「ともし火に我もむかはず燈(ともしび)もわれにむかはず己がまにまに」(光厳院) --- 厳然とした境界を越え得ぬとき、その上でなお、越えうるものがあるとすれば、それは「情」である。
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