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上から目線と知と情と。。。
上から目線。。。
この言葉が流行し始めてから、数年が過ぎた。。。

使い方や、使われるシチュエーションにも様々な場合があるように思える。
両極端な事例を上げれば、良いかもしれない。
1. 如何ともし難い権力への抵抗の意味
2. 努力すれば得られる程度の知識の無さを隠す意味

端的に言えば、相手に対する意味合いと、自身に対する意味合いが、混ざり合っている。
然しながら、通常は、いや、表向き、言う側から言われる側を揶揄する意味でしか捉えられていない。どうしてだろうか?

自他の境界を挟んで高低差を見出す時、人は情としての自己防衛本能から、知的に、いや稚的に、相手を下げずむ言葉を探し出し、あるいは、創り出す。そうやって情的に満足するレベルで終わってしまうのかもしれない。

学童期に、そうやって泣かし泣かされ、相手の痛みを知りながら思春期人になった時、大人の対応を学んで、一皮脱皮した言葉遣いを会得して行く、すなわち、もう一段上の知的思索、情的認識へと踏み込むことが、「上から目線」という言葉が流行る前の時代だったように思える。

自身の成長に脱皮という境界線を見出すことは本当は無い。後から振り返ってみれば、そうだったのかなあと感傷に浸る時に、そう思えるという程度のもので、自他の境界概念とは異なる。

しかしながら、逆説的に「上から目線」を2番目の意味合いで使う人々は、知らず知らずのうちに、脱皮出来ないとか、したく無いという境界線を引いてしまっているのかもしれない。

超える前に境界概念を認識し、超えずに済むことを稚的に探るのかもしれない。





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by kisugi_jinen | 2016-10-23 03:34 | つれづれ。。。 | Comments(0)
片隅で聴いていたボブ・ディラン。。。
ボブ・ディラン。。。

ガロの「学生街の喫茶店」の一節が脳裏で響き始める。。。
。。。
学生で 賑やかな この店の
片隅で聴いていたボブ・ディラン
。。。

実を言えば、ボブ・ディランの歌だと、はっきりと認識して聴いたものはないように思う。日本でガロの「学生街の喫茶店」が流行っていた頃、私は小学校低学年だった。幼心に「あさま山荘事件」のテレビ中継が脳裏に蘇る。。。
。。。
あの頃の歌は聴こえない
人の姿も変わったよ、おー
時は 流れたー
。。。
その当時で、既に過去に流行った歌だと歌い込まれている。

ネットで試聴可能な一部を聴いてみた。

幼い頃に背伸びして真似したがっていた当時の大っきいお兄ちゃん達は「あしたのジョー」に重なり、一方で、幼心に怖くて嫌いだった「学生紛争」の担い手も重なる時代。その更に向こう側の香りがする、くっきりとしていて、ハーモニカを鳴らすパートが響き、ノスタルジアの更に向こう側へと誘うような曲。。。

私が愛した日本のフォークの向こう側の香りを、久しぶりに嗅いだ気持ちになった。
懐かしさの向こう側。。。

ボブ・ディラン おめでとう。。。




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by kisugi_jinen | 2016-10-14 03:13 | つれづれ。。。 | Comments(0)
君の名は。。。
「君の名は」・・・随分とレトロな題名だな・・・
最初の印象は、昭和初期のラジオドラマ「君の名は」に抱いていた感傷的なイメージが重なり、逢えそうで逢えないメロドラマを現代風にアレンジしたアニメだろうと、勝手に思い込んでいた。
いや、見終わった後、当たらずも遠からずだったことに、逆説的に衝撃を覚えた。

巧妙に合わせない設定は時代を超え・背景を変え、アニメにては「みなしごハッチ」や「母を訪ねて三千里」などで、数十年に一度、結実するように思える。

更に言えば、この手の設定は女子系の、いや、男女を問わず全人類が有する愛情という琴線に触れるのだろう。女子力の高さが思いやりという琴線に触れる様に。。。
そう、時間を経た繰り返し・・・

何千年もの周期で巡る彗星と、地球が巡り逢うこと。
様々な物事に周期性を見出そうとすること。
月の満ち欠けに、母子を繋ぐ生命活動との周期性を見出す様に。。。
あらゆる生命活動の根源に、宇宙全体と何がしかの関連性を見いだしたくなる様に。。。

そこに、日本古来の黄泉の国と、現世とを繋ぐ口を重ね合わせる。。。
余りにも巧妙でありながら、危なかしい設定を配置し、ほんの一瞬の巡りあわせがずれるだけで崩壊しそうなストーリー展開。。。

織姫星と彦星とが宇宙という現世では、決して出会うことが無くても、物語の世界で、出逢わせたくなるように。。。

偶然と運命と宿命と奇跡、そうしてそれらが観客の持つ流れ星に対する偶有性という心の琴線に絡まりながら、より合いながら、一本の糸、いや、組紐を織りなしていく。
見終わった後、心の中では、中島みゆきの「糸」が流れていた。。。


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by kisugi_jinen | 2016-10-12 03:39 | つれづれ。。。 | Comments(0)
シン・ゴジラと所信表明演説でのスタンディング・オベーション
ポケモンGOのお台場騒動と、シン・ゴジラと。。。

頭の先から尻尾の先まで人間。。。

もう一頭見つけた。

所信表明演説でのスタンディング・オベーション

取り残されることへの恐怖を抱きつつ、最後の方で仕方なく立ち上がる党員。

尻尾の先から逃げようとしたら、黒焦げの状態になって張り付いたまま、晒され続けてしまいかねない。。。

鶏口牛後

がんばれ日本!!

2016.10.04 00:30 追記
某新聞社の一部等が、過去に別の党にて同様の行為がなされていたとの指摘。尻尾の先が認識されるか、されないか。認識されない時、それは、認識主体がシン・ゴジラの内部にいて、外部を認識できないのか、もしくは、外部にいて、シン・ゴジラを認識できないのかの、何れかに該当するであろう。
二つないしそれ以上の見解が、相互に認識しあい、発言できるということの大切さをこそ、認識すべきなのだろう。
何れにしても、無理やり引きちぎられた尻尾だからこそ、黒焦げの人影が見える。切断面の両側に思いを馳せるべきだろう。

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by kisugi_jinen | 2016-10-02 02:08 | つれづれ。。。 | Comments(0)



「ともし火に我もむかはず燈(ともしび)もわれにむかはず己がまにまに」(光厳院) --- 厳然とした境界を越え得ぬとき、その上でなお、越えうるものがあるとすれば、それは「情」である。
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