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大法螺吹き=大物政治家=納得させる。。。小法螺吹き=小物=批判の嵐?。。。
アメリカ合衆国の大統領・有力候補にまで「のし上がった」トランプ氏の大法螺=大物政治家に比べれば、日本の現首相の小法螺=小物政治家の質と内容には呆れかえる。

トランプ氏は27日のサンディエゴの集会にて支持者に対し、「彼女(ヒラリー氏)は私が日本に核兵器を持ってほしいと言っていると言うが、そんなことは言っていない。彼女はうそつきだ」と述べたという(毎日新聞、http://mainichi.jp/articles/20160528/dde/001/030/043000c)

大嘘つきに嘘つき呼ばわりされるのは嫌なものだろうけれど、まぁ、大物政治家=大法螺吹きなのだから仕方がないと、マスコミすら思っているに違いない。

問題なのは小物政治家=小法螺吹きが、極たまに、家計簿の帳尻を合わせるために、全世界に向けて「リーマンショック云々・・・」と独自の理論武装を盾に主張するありさまには、世界中のメディアも批判せざるを得ないようだ(毎日新聞、http://mainichi.jp/articles/20160529/k00/00m/020/023000c)。

インターネットが普及するにつれ、メディアの動静は理念・権力・正義といった大きな括りにて「ある方向へと」一般大衆向けに「作られるもの」から、メディア・ネット上での「声のでかさ」にて「揺れ動くもの」へと変化した。
そこには、刹那の論理さえあれば良く、首尾一貫した思想体系等、だれも見向きもしない世界のように思える。

トランプ氏の躍進もさることながら、モンスター○○と呼ばれる「モンスター」達もまた、メディア・ネットを狡猾に利用している。

世論操作などという狡猾な手段を駆使しうるのは相当のやり手だという認識は、通用しなくなっているのだろう。。。
そこいらにいる、人の好さげな「おばちゃん・おじちゃん」連中が、ほんの少し声を荒げるだけで、モンスターに変身し、世論操作を片手に持ったスマホでできてしまいかねない世の中。。。

日本の政治家が、小さな政府の方向性の先に、ますます小さく、芥子粒の如くみえてしまうのは、気のせいだろうか?
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by kisugi_jinen | 2016-05-28 22:05 | つれづれ。。。 | Trackback | Comments(0)
守り人シリーズ。。。
守り人シリーズを断片的に読んでいる。NHKドラマで最初のシーズン全4回を見た後、最後の部分になる「天と地の守り人」三部を本で読み終えた。

反則技のような読み方だろうけれど、何の違和感もなく読み終えた。途中を埋める物語については、折を見て順に読むことになるだろう。

上橋菜穂子の生み出す世界には、違和感が少ない。物語をスムーズに滑らせる構成法は、あたかもスケートリンクの氷面をベストコンディションに調整し続けるプロフェッショナルのような感覚を覚える。途中からでも足を踏み入れた途端、違和感無くスーと気持ち良く滑っていく様な気分にさせてくれる。

そうして情と知の間を心地よくすり抜けていく。

絶妙にコントロールされた舞台背景には、王制や帝制といった社会構造が含まれるのだが、それらを成立せしめる根源部分にて、複数の対立し得る視点を知的に相同になる様に配置しつつ、微妙な情的バランスで緊張感を保つ状態にしている。あたかもスケートリンク氷面にそっと降り立った時に、そのままでは、どちらの側にも滑らない様に水平面を維持しつつ、スケーターの思いによって、どの方向へも滑り出せる様な、そんな感覚にさせてくれる。
物語の流れに沿った方向へ誘われるのではなく、自らの思いに沿って、そっと蹴り出すのを助けてくれる様な感覚。王制や帝制なんてあり得ないという先入観を抱いていたとしても、いつの間にか知的・論理的にあり得る状況へと置かれている。そうして、登場人物の情的な微妙な心の動きによって、どちらの方向へも滑り出し得る展開に持って行かれる。
おそらく、文化人類学的な思索背景にて精緻に設定させているのであろう。ある部分では明らかに象徴としての天皇制を維持している日本にも重ね合わされている。
全ての立場を網羅している訳でもないだろうけれど、どちらの立場にも知的に理解可能な状況に読者を置きつつ、ストーリーは情的な方向へ動かされていく。
無論、主人公たちのあり得ない回復力や、ファンタジー系の構成要素もあるのだが、それらをそっと除いてしまっても、成立しうるだけのバランス感覚である。
本当にとんでもない作品群である。。。
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by kisugi_jinen | 2016-05-11 06:17 | つれづれ。。。 | Trackback | Comments(0)
状報(情報でない)の制限と境界概念。。。
ここ数日の間に記載してきた下記の記事には、共通するところがある。

ネット環境。。。プログラミング環境。。。思い。。。
上橋菜穂子とカズオ・イシグロ。。。
ジブリの大博覧会。。。ナウシカの映画のポスターにマニ族僧正。。。

それは、状報(情報ではない)の制約概念である。
昨日、上橋菜穂子氏の「獣の奏者・外伝・刹那」を入手して少し読み込みつつ、後書きを読んで確信したのだが、「あえて制約しなければならない事柄」という概念は大切だと思う。

ただし、「特定秘密保護法」のような、あからさまに法的な手段に訴えるようなものではなく、過去から人々が、自然の流れの中で培ってきたような、段階を踏んで理解し、(真の)成人式という過程を経るといったことである。
昨今では、「自由」という概念が独り歩きしているが、一方で「法的規制がない」状況での自主的な制約の「自主性」を脅かすような環境から、何とかしないといけないのだろう。特に、ネット環境でのそれは、非常に重要だろう。

書物やメディアの世界では、作者や周囲の環境の影響が大きい。利益や話題性、斬新さ・面白さといったことのみ求め、情から離れた地点にて取り扱うと、とんでもない領域へと誘いかねないが、多くは自制が利く領域だろう。
というより、時間的・媒体的な制約があるからこそ、研ぎ澄まされた感覚で、そぎ落とされるべきところを自ら了解しつつ、作品に仕上げられるのだろう。

ネットに置いて制約が利きにくいのは、「時間的・媒体的な制約が無い」といった幻想が背景にあるからかもしれない。
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by kisugi_jinen | 2016-05-09 05:21 | つれづれ。。。 | Trackback | Comments(0)
ネット環境。。。プログラミング環境。。。思い。。。
以前にも書いたが、ネット環境、いや、状報空間(間違っても情報空間ではない)を取り巻く環境での境界の無さは半端ない。

水平的な方向では、SNSにて自主的に「仲間内」という制限を課すことが可能な位である。
垂直的な方向では、年齢制限といった制約は、個人レベルでアカウントを取得するまでの間と、ごく限られている。

状報の露出に制約が課せられない状況は、アイデンティティを保とうとする生存本能に依拠した「自己優位性」の担保と相まって、イースター島民の絶滅理論へと結びつきかねない。
「他者よりも優れたものを誇示しようとする」性癖は、雌の気を引く雄が優雅だという生物界の方向性にも見受けられるように、エスカレートしていけば、人類滅亡への序章になり得る。

昨今、気になるところは、製品を購入するか利用して欲しい側が、出来るだけ個人情報を吸い上げ、法に抵触しない範囲でビッグデータ等にて料理しようとする。それら状報(情報ではない)は、売り手・買い手の市場内で広がっていくであろうこと。
Windows10にアップグレードした時に、チェックを外したくなる多くの項目は、まさにそういった項目だろう。

以上を踏まえて、できれば下記の3項目は、同時に成立して欲しいものである。
#1.何ものにも気兼ねすることなく、何ものにも影響されることなく、自身の思いを吐露しうる環境を維持し続けることができること。
#2.なおかつ、そういった発信に対し、受信する側が、受信したくないような、過度な露出について、フィルターをかけることができること。
#3.さらに、一定の年齢層までは、閉じた状報空間内で、サブセット、ないしフルセットの環境にて、危険な行為を避ける練習をしながら、入っていくことができること。

#2と#3は、部分的に行われているが、不十分であることは上述した。

#1については、昨今ビッグデータの利用云々といった方向性にあり、難しい環境になっていると言わざるを得ない。うまく機能して、過度な露出(いや、見栄っ張りな露出)を避けさせる方向に働いてくれればいいだろうが、そういった方向性には働かず、(左右といった)偏った方向性へ、揺り動かすだけだろう。

これからそういった社会に入る人々は、是非ともネットや状報機器(情報機器ではない)を動かしているプログラムの「本質」を理解すべきだろう。
といっても、「全員、プログラマーになれ」というわけではない。

その「本質」を捉える必要があるということ。
少なくとも、「人工知能で万能」といった誤解を、ゲーデルの不完全性定理と共に理解しつつ、理解すべきだろう。
そうして、個人情報を保護しうる環境の脆さをも、体得すべきだろう。

社会の流れが破滅へと向かうとしても、あがなうだけの努力を地道に続けて欲しいものである。
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by kisugi_jinen | 2016-05-09 04:44 | つれづれ。。。 | Trackback(1) | Comments(0)
トランプ=大物政治家=大法螺吹き
実に見事な等号成立を見た。

反対勢力に「嘘つきテッド(lying’ Ted)」と言っておきながら、情勢が変化すると「タフで賢い男(a smart tough guy)」と手のひらを返している。にもかかわらず、当人は「嘘つき」とは呼ばれない。やはり「大法螺吹き=大物政治家」なのである。

いや、単に計算高いだけかもしれない。損得判断のみで動き、動かす。
過去の条約など反故にしてでも、自国の利益・国益を担保しようとする。

私のように政治に疎いもののところでも、政治臭さが漏れ出して来る程の大物である。
小物ばかりが食い合う日本の政治家で、太刀打ちできるものはいるのだろうか?

特定秘密保護法案 vs 特定秘密法螺法案。。。
汚染水問題という問題。。。
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by kisugi_jinen | 2016-05-08 03:24 | つれづれ。。。 | Trackback | Comments(0)
ジブリの大博覧会。。。ナウシカの映画のポスターにマニ族僧正。。。
子供を連れてジブリの大博覧会に行って来た。
数年に一度、この手のイベントが行われるので慣れているため、集合場所を決めて、ほとんど素通りする家族を尻目に、一人きりでゆっくりと観て回った。
年々作り込みに手が込んで来ていている。今年はマーニーの実物大セットや洋館模型への複数のLEDライトを使った日照の変化が秀逸で、多くの観客が楽しんでいた。

今回の投稿目的は、そういった内容ではないので割愛し、本題に入る。

イベントポスター兼入館チケットにもなっている、風の谷のナウシカの映画のポスターなのだが、マニ族僧正が描かれていた。
b0032038_10343329.jpg


既に古いトリビアの類かもしれないのだが、驚いた。

ちなみに、マニ族僧正は原作(コミック版)では登場するものの、映画版では大ババ様が代役的となっている。
映画ポスター制作段階ではストーリーの作り込みが十分には出来ていなかったのだろう。
マニ族僧正を出演させないことで、ナウシカの精神世界の側面を完全にカットでき、映画として一話完結的にまとめることが可能になったと思われる。内部での決定までの論争が目に浮かぶ様な気持ちになってしまう。

✳︎背景ポスターを今回の大博覧会用に作ったポスターだと勘違いしている様な「教えて」系の書き込みを見つけたが、ポスター背景の画像部分には映画版上映当時のポスターを使っていることは、間違いない。
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by kisugi_jinen | 2016-05-04 22:10 | つれづれ。。。 | Trackback(1) | Comments(0)
生きること。。。
生きること
それが、如何にも困難なことだと思われるときほどに
生きること

死後の有無に関わりなく
他者の言動に関わりなく
世間の動静に関わりなく
生きること

ただ、それだけなのに

どれほどまでに
生き抜くことが難しくなったといえども

生きること

草木も 鳥も
空も 水も 大地も

変わらずに 生き続けているというのに

何を争い
何を自慢し
何にこだわり
何を避けるのか

生きること

ただそれだけなのに。。。
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by kisugi_jinen | 2016-05-04 04:16 | つれづれ。。。 | Trackback | Comments(0)
上橋菜穂子とカズオ・イシグロ。。。
仕事の関係上、ドラマを見る機会も少なく、小説系の読書量も圧倒的に少ないため、世間で騒がれている有名どころの作品や、有名どころの著者に対する認識が、5年・10年単位でずれている。

そういったことも背景にあるのかもしれないが、偶然に、いや、おそらくは社会的な流れの中での必然として、(少なくとも私にってはそう見える)類似の作品群に出会うことがある。
どちらが先とか、どちらが後とかいったことではなく、重要なのは、そういった作品群が、私のようなもののレベルにまで、届いてくるということである。

テレビでの前宣伝に影響されやすいということもあって、クローン・臓器移植といった、個人的に興味深い題材を扱ったカズオ・イシグロ氏の「わたしを離さないで」(Never Let Me Go)のドラマについては、このブログ始まって以来の、ほぼリアルタイムでの連投をしてしまったのだが、間髪を入れずにスタートしたNHKドラマの「精霊の守り人」も、録画してみることになってしまった。

偶然(?)にも、両方とも綾瀬はるか主演という繋がりもあるが、個人的には、両方とも「初めて見る」作品群で、それぞれの局がたいそうな力の入れようだったので、興味深かったというのが真相である。
また、「精霊の守り人」について、ネット検索したら、「わたしを離さないで」同様、出版以外に別メディア(ラジオドラマ、およびアニメ)での露出がすでになされていたという、いつもながらの遅れという共通点も同じである。

無論、「わたしを離さないで」と「精霊の守り人」は、まったく異なるジャンルの物語なのだが、「精霊の守り人」から作者の「上橋菜穂子」を初めて知り、その繋がりで、「獣の奏者」を「再発見」したのである。

「再発見」というのは、二つの理由がある。一つには、自宅の書棚に、私の所有ではない状態で、数年前から「獣の奏者」の単行本・全4巻が並んでいたにもかかわらず、この連休に突入するまで開くことすらなかったということ。今回の一連の流れから、その背表紙に「上橋菜穂子」の名前を見つけたときには、少しばかり驚いてしまった。

実を言えば、「獣の奏者」は、今回のことが無ければ、おそらく5年、10年という歳月の後に「初めて見た」かもしれない程のものだった。確か、NHKのアニメでチラ見したことがあったのだが、架空の獣を扱う少女という設定だけで、いわゆるドラゴン物系の物語の焼き直し程度だと勝手に思い込んでいた(誤認していた)。この点において、二つ目の「再発見」である。

架空の生物が出てくる物語の多くは、背景設定上、空想の領域が広く、地に足がついていない世界の物語となっていて、そういった世界観に浸るまでの(時間的・心理的)抵抗が強すぎるという難点がある。
そういった理由から、ハリーポッターや指輪物語などの有名どころの冒険ファンタジーは、映画という短時間の縛りであるなら見ることはあるものの、多数の巻が整然と並ぶ壮大なスケールに圧倒され、読書してまで見たいとは、あまり思わないジャンルである。一冊程度になっているような、ミヒャエル・エンデの「果てしない物語」なら、「読んでみようか」と思う程度のものであった。

にもかかわらず、連休の前半に、一気に全4巻を読み切ってしまった。

「獣の奏者」の前半2巻は、架空の獣が出てくるにもかかわらず、その部分だけをそぎ落としたなら、ファンタジー性がほとんど消失する程度に、現実的な描写が多いのである。後から追加されたという後半2巻は、残念ながら後付的な実情からか、いくつかの箇所で無理な描写を感じてしまうのだが、それでも、完全にぶっ飛んだファンタジー系とは異なっていて、なるべく生命という実体に迫ろうという作者の思いが伝わってくる。

「獣の奏者」にて非常に残念なのは、4巻のクライマックスにおける設定である。

読み進めていくにつれ、私が想像していたのは、人間を含めた生命間で引き込み合う感情の伝播による破壊であったのだが違った。そういったレベルでの人間との関係がラスト直前まで伏線として少しばかり記述されていたのだが、そのレベルでは人間は排除されていると言わざるを得ないし、(ほぼ)物理的に無理な設定のため、残念感が強い。「○○○○サンボ」のトラを彷彿とさせる設定だと思うのは、私だけだろうか?

書籍の著者紹介や、上橋氏に関するネット上の記事からも分かることなのだが、文化人類学という視点か、主たる基盤となって記述されていることが分かる。それゆえ、後半2巻を追加する段階で、読者の想像に任せていたクライマックスのシーンを産み落とすに非情な苦労をされたであろうことは、想像するに難くない。
細かな点では、「恐水病(症)」と「破傷風」を異なる疾患として記述してしまっているところが残念である。

さて、全2巻までの時点で言えば、カズオ・イシグロ氏の「わたしを離さないで」との共通点であるが、物語の一番大きな問題点(それがなかったら、始まらない)という根本的なところについて、触れない(明らかにしない)設定が似ている。設定について説明・解説を加えようと無理をすると、突っ込みどころが露呈してしまう危うさが似ている。上橋氏の場合、アニメ化時に突っ込まれたことで後半2巻を記述されたようなのだが、謎解きに繫がるクライマックスシーンでは、上述の通りである。

しかしながら、そういった根源的な部分を除いて、子供時代からの主人公の成長に併せて、自然と広がっていく世界観と、それゆえに編み込まれた、一つの事実に対し複数の視点・観点・考え方が交錯するという記述の多さに、共通する部分を感じるし、それらの個々の出来事を、非常に細やかに描写している点が似ている。
そうして、生命の本質に迫ろうとしたところが似ている。
片や、幼少期にイギリスへの移住という経験、片や、文化人類学という経験、複数の文化からの複数の観点・視点・思考方法の多様性を内在しているからこその記述なのだろう。

そういった意味で、同一の作品群として、私の中では整理されてしまった。
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by kisugi_jinen | 2016-05-02 03:19 | つれづれ。。。 | Trackback(1) | Comments(0)



「ともし火に我もむかはず燈(ともしび)もわれにむかはず己がまにまに」(光厳院) --- 厳然とした境界を越え得ぬとき、その上でなお、越えうるものがあるとすれば、それは「情」である。
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