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概念と境界。。。虚像と実像。。。ハーフミラーニューロン。。。
「私」と「境界」と「宗教」について。。。 (補遺)。。。
やはり、少し分かりにくかったのかもしれないので、概念と境界について少し。。。

このことは、
ミラーニューロンの概念は、正確にはハーフミラーでは?。。。
と関連するのだが、知的認識、感覚的認識可能な境界は、半透明なハーフミラーのようなもので、そこに投影されたものは、概念として言語化・記号化可能であり、(知的・幻想的にでも)共有可能なものである。

素朴実在論的には、実在を概念というフィルター(ハーフミラー)を介して認識するだろうし、私という認識主体の「このわたし」を無限小に認識するときも、概念というフィルター(ハーフミラー)に無限に投影しつづけることと等価であろう。。。

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※クリックすると、拡大します。
b0032038_5112010.jpg

※クリックすると、拡大します。

認識主体の投影は、正確には、ミラーニューロンの概念は、正確にはハーフミラーでは?。。。での表記が正しいだろう。知的境界・認識限界といった枠組みをも含めて認識主体なのだから。。。

※実を言えば、上述のようなことは、「アフォーダンスと唯脳論」(旧サイト)での記述と同等である。
http://www.geocities.co.jp/Technopolis-Mars/4597/afordance-1.htm
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by kisugi_jinen | 2010-06-26 05:18 | 思考。。。 | Trackback | Comments(10)
HYBRID W-ZERO3。。。その後。。。
スマートフォン関係で取り上げられる機会が少ないですが、HYBRID W-ZERO3は、限界を知りながら利用する限りにおいて、実用上、非常に優れているスマートフォンです。

PC用に買いそろえていたEPWING系の電子辞書類はEBPoketで全て利用できているし、(http://www31.ocn.ne.jp/~h_ishida/EBPocket.html
デジカメも(フラッシュが無いという点を除けば、一昔前の小型のデジカメよりも)高性能です。

ネットへのアクセスも、モバイルが頼みという時のみを除いて接続しなければ、そうして、緊急対応のための内容確認用としてメールのコピーを転送して受信し、スケジュール管理とメモの取得に利用する限りにおいて、バッテリーは2日程度はもっています。

iPhoneのように、シングルタスクではないため、ブラウズ画面とメールとスケジュール間を切り替えてコピペを行うには、最適な環境です。
シングルタスクとアプリケーション切り替えとは別次元の話でした。お詫びし取り消しいたします。(10/06/22 01:58)

以下、連係プレーの幾つかと、問題点への対応をメモしておきます。
ブラウザは、標準装備のIEです。

1.文字情報主体のwebの天気予報から、テキストをエクセル等に取り込む。
(ネットへのアクセス回数を減らすことで、バッテリーを長持ちさせ、さらにエコに協力)
天気予報は、AirEdge時代から利用している
http://ajipon-navi.com/
にてリンクのある
「天気予報コム」http://m.tenki-yoho.com/の「今日・明日の予報」(無論、「お気に入り」に登録済み)を表示し、画面上を「タップ・ホールド」して、「選択」をタップ。
画面左下に「選択」と表示されるが、さらに同メニューをタップして、「コピー」へと表示を変える
※「選択」という表示のままでは、動作が不安定なので注意。←おそらくIEの問題

コピーしたい範囲を「タップ&ホールドしたままスライドさせて」選択(マウスのドラッグに相当)
画面左下の「コピー」をタップ。
「windowsメニュー」起動に割り当てたボタンを押して、エクセルを選択起動
天気予報用に割り当てたファイルを開き、sheet1にペーストする。
さらに、「タスク」切り替えボタンを押して、天気予報画面に戻り、「1週間」をタップして、週間予報に切り替え、同様にテキストを含む部分を「コピー」し、「タスク」切り替えボタンにてエクセルに切り替え、sheet2に貼り付ける。
※同様の手順で、Willcom-UIではない、OS標準のメール本文から、スケジュールへのコピペが可能。

2.OS標準メールの受信簿の取り扱い
私自身は、内容確認用のコピーメールの受信を中心に扱っていたので、1日を過ぎれば全消去していたため、気にはならなかったのですが、「受信簿」と「サーバー」との同期機能のために、下記には注意が必要です。
2-1.「受信簿」は、バッファとして扱い、直下に「保管用」とかいった名前のフォルダを作って、受信したら、直ぐにそちらに移動させておく。
2-2.「受信簿」にメールをためておくと、送受信操作時に、ヘッダーの確認操作が入り、接続時間がかかる。
2-3.上記確認中に、電波の状況が悪くなって切断されたようになれば、一時的に受信簿のメールが全て消える。
2-4.再接続時に復活するが、既読メールを含め、全てが未読メールへと代わってしまう場合がある。

3.OSアップデートによる音量調整ボタンの扱いに関する改善
公開日:2010年5月19日にてOSがアップデートされています。http://wssupport.sharp.co.jp/download/ws027sh/update_sp2/
OSのアップデートに伴い、音量調整ボタンを押したときに「音調調整」の画面へと遷移します。これは、キーロック状態でも、画面表示がオンになっていて、音量調整ボタンが有効になっている限りにおいて行われるようで、使い勝手がよくなっています。この場合、キーロック解除後には、「音量調整」画面が表示されるため、誤操作による変更が加わっても、確認可能です。


4.その他。。。BlueToothでの接続時の問題(1回のみの体験なので、再現テストが必要、カーナビとの相性の問題かも知れない
カーナビとの連動で非常に調子よく使っていますが、OSをアップデートしたあとで、一度だけ、着信状態のまま、カーナビとの連携が途切れ、W-ZERO3の画面が着信状態のまま、フリーズしたことがあります。珍しく電源ボタンも反応しなかったため、裏蓋を外してリセットせざるをえませんでした。たまたま、駐車場に停車中で、着信音に反応して本体を腰ベルトから取りだそうとして少し触り、カーナビの画面に気づいて受話操作に入ろうとした直後に切れてしまい、上記状態におちいったものです。
相手方が圏外ぎりぎりにいて移動中であったのも、関係しているのかも知れません。
いずれにしても、複数の要因が関与していそうで微妙な状況ですが、リセットまで追い込まれるのは「どうよ」といったところです。
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by kisugi_jinen | 2010-06-21 02:40 | つれづれ。。。 | Trackback(1) | Comments(2)
方位磁石を地球の中心に持っていくと。。。
とある小学生と会話していて、間違いやすい問題にきがついた。

以下、小学生:C、私:K

C: 方位磁石のN極は北極を指すんだよね。
K: そうだよ。N極のNはNorth、すなわち北のNだね。あと、S極のSはSouth、南の略だね。
C: 学校で習ったよ。地球も大きな磁石で、北極にはS極があって、南極にはN極があるんだって。
K: へぇ。よく知ってるね。厳密に言えば、磁石の指す南北(南磁極、北磁極)と、回転軸(自転軸)の端になっている南北(南極点、北極点)とは少しずれているんだけれどね。
C: ふーん。よく分かんない。
K: じゃあ、こんな問題はどうかな?もし、地球の真ん中に方位磁石を置くことができたとして、N極はどっちを向くかな?
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C: うーん。北極にS極があるから、方位磁石のN極が北極をさすんじゃないの? 北極にはN極S極の固まりみたいなのがあって、南極にはS極N極の固まりみたいなのがあるんだよ、きっと。(←2011/07/16 04:35 一部修正)
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。。。さて、本当は、どっちを向くのだろう。。。
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by kisugi_jinen | 2010-06-14 04:30 | 科学?。。。 | Trackback | Comments(0)
真夏のオリオン・風の谷のナウシカ・終戦のローレライ。。。
終戦のローレライ。。。

「終戦のローレライ」(文庫版)を読んだ後、気になったので福井晴敏氏が関与している「真夏のオリオン」をレンタルDVDで見た。池上司:『雷撃深度一九・五』(文春文庫刊)の原作を映画化するに辺り、一片の楽譜を織り込んだとのこと。

もともと潜水艦系のお話は子供の頃から好きだったので、別段「ローレライ」(映画版)を見た後、そのうち見るつもりだったのだが、無性に見てみたいと思ったのは福井氏の「戦争観」に興味を抱いたからである。

「終戦のローレライ」(原作)に対する「ローレライ」(映画版)よりも、「終戦のローレライ」(原作)に対する「真夏のオリオン」(映画)の方が、「風の谷のナウシカ」の原作に対する映画版に近い関係にある。

戦争という状況下にて敵対する者同士が殺し合うことは当然であり、その「当然の帰結」を「当然」のごとくに扱う物語や映画は数多くある。
しかしながら、常に争い続けるというわけにもいかない。。。いつかは終戦という時が来る。その時を中心にして前後を考えたとき、そうして「戦後の視点」から考えるとき、その「当然さ」という状況が「異常さ」という概念へとすり替わる時間的余韻の長短。。。

全体という概念が変化する狭間で揺れ動く、個・己が抱く概念が変化する余韻。。。

それは、「開戦」という全体の変化に対する個・己が抱く概念との差異が「当然・異常」という価値判断を形成していく過程とまさに相同であり、戦後の視点から「当然さ」に対する「人が人を殺すという」違和感を極力排除しつつ、同じメッセージを伝えようとするならば、「終戦」という時期にスポットを当てて記述する方が、より理にかなっているとも言える。

福井氏の一連の創作は、まさにその点を突いていると思える。

潜水艦という乗り物は、集団行動する人々を乗せた一つの生命体として扱うには、格好の状況を提供するであろう。乗組員相互の信頼関係・依存関係。。。運命共同体としての全体と個との関係。。。そうして、一つの軍隊・国としての全体と運命共同体としての艦艇との関係。。。そういった背景と、それぞれにとっての「終戦」という時間的余韻を有する境界概念との輻湊。。。

「終戦のローレライ」文庫版・第四巻、講談社文庫、p.364-5から引用。
復興に名を借りた欲望の暴走。誰も彼もが我欲を追う獣に成り果てて、百年もすれば日本という国の名前を忘れた肉の塊になる --- 貴様はそう言った。(中略)地獄の深淵を覗いた目には、人という無定見な存在の本質が見えているのだろう。だがそうして高みから見下ろすばかりで、貴様はその本質に触れようとしなかった。すべて理屈で割り切って、理屈を超えたところにある人の本当の力を信じようとしなかった。(中略)我々はそれを知っている。無定見であるがゆえに、無限の可能性を秘めた人の未来を信じられる。これからも血は流れるだろう。同じ過ちが幾度もくり返されるだろう。だが我々は何度でも立ち上がる。血反吐を吐き、苦しみ悶えながら何度でも立ち上がる。(後略)


戦後という概念を知っている視点から、戦時中の潜水艦乗組員の視点を介して思索させる下りであるが、上記記述は後半のクライマックスにて端的にまとめられた福井氏の思いの丈でもあろう。そうして、上記文に非常に酷似する内容を、「風の谷のナウシカ」(原作)の第七巻の文中に見ることができる。

「風の谷のナウシカ」第7巻、ANIMAGE COMICS ワイド版、宮崎 駿、徳間書店、p.121-122、p.132およびp,198から引用。
(墓所の主、ないし墓所のしもべ・ヒドラの一人からの言葉)
弟は 若い頃本物の 慈悲深い名君だったよ
土民の平安を 心から願っていた
だがそれも 最初の二十年さ
やがて いつまでも愚かな 土民を憎む ようになった
そなた達人間は あきることなく 同じ道を 歩み続ける

(中略・上記に対するナウシカの返答)
目的のある生態系・・・ その存在そのものが 生命の本来に そぐいません
私達の生命は 風や音のようなもの・・・
生まれ
 ひびきあい
  消えていく
(中略)
私達は 血を吐きつつ
くり返し くり返し
その朝を こえて とぶ鳥だ!!

生きることは 変わることだ
王蟲も粘菌も 草木も人間も
変わっていくことだろう
腐海も共に 生きるだろう

「終戦のローレライ」(原作)も、「風の谷のナウシカ」(原作)同様、生命の本質を浮かび上がらせるため(であろう)が、多くの残酷な死の場面の描出を余儀なくしている。それは、思春期を超えようとして悩み続ける時期以降に読み解かれるべきものであろう。端的に言って、これらは私的な基準に照らし合わせるならば「PG13」指定して然るべきものだと思う。

しかしながら、残酷な死を直接的に扱うことなく、全体と個という概念を扱いつつ、戦争の本質と終戦という概念を深く考察させるための手段。。。「終戦のローレライ」と同様の題材を扱いつつ、SF的な要素を排除し、残酷な死の場面を場外へ押しやり、物事の本質を思索させる手法を福井氏は見つけ出したのかも知れない。

「真夏のオリオン」は「戦闘による死の直接表現」を極力排除しつつ、一枚の楽譜を主旋律とすることで、戦争に対する様々な思い入れ・余韻を見事なまでに調律・同期させることに成功したとも言える。そのためか、小学校の3・4年生以上を対象とした絵本バージョンも発刊されているようだ。
http://shop.kodansha.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=2154250
どの程度、主旋律を織り込むことに成功しているのだろうか?
後日、入手後に感想を書き込む予定である。

追加2010/6/7 2:24
PG13にて「もののけ姫」が引っかかってきた。。。当然であろう。。。
その辺りは乳幼児注ないし禁の宮崎映画。。。にも書いている。関連する思想的・思索的な背景については、本ブログ内にも断片的に記述しているが、的確なのは、
―「風の谷のナウシカ」から「もののけ姫」へ― 宮崎駿とスタジオジブリの13年 文責/叶 精二
http://www.yk.rim.or.jp/~rst/rabo/miyazaki/ghibli13nen.html
での記述であろう。
。。。と、上記引用は一連の「宮崎 駿」論の一部であるようだ。。。
さらに「もののけ姫」を読み解く ―「曇りなき眼」で何を見定めるべきか― 文責/叶 精二
http://www.yk.rim.or.jp/~rst/rabo/miyazaki/sarani_yomitoku.html
「もののけ姫現象」を読み解く 文責/叶 精二
http://www.yk.rim.or.jp/~rst/rabo/miyazaki/gen_yomitoku.html
などなど、興味深い記述が多い。。。

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by kisugi_jinen | 2010-06-07 00:29 | つれづれ。。。 | Trackback(1) | Comments(0)
情の本質を捉えていた人々と本。。。めも。。。
ペトラルカ、「無知について」、岩波文庫
 アリストテレス:
 キケロ:神と神々 --- 汎神論的概念による神概念の複数化
 ポオ河の流れにて --- 知と情について
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by kisugi_jinen | 2010-06-02 05:05 | つれづれ。。。 | Trackback | Comments(0)
終戦のローレライ。。。
映画であろうと、書物であろうと、潜水艦モノは子供の頃から好きだったのだが、忙しさもあって、前から見たい見たいと思っていた映画のDVDを、ついこの間レンタルして見ることができた。。。

福井晴敏:「ローレライ」。。。
http://ja.wikipedia.org/wiki/ローレライ (映画)
原作は「終戦のローレライ」
http://ja.wikipedia.org/wiki/終戦のローレライ

レンタルDVDを見た後、図らずも「風の谷のナウシカ」同様、「映画」→「原作」へといった順に、原作(文庫本版)を古書として4巻手に入れ、斜め読みに読破せざるを得なかった。
というのも、「風の谷のナウシカ」でもそうであったが、作者の意図を歪ませるだけの「何か引っかかるモノ」が映画の背景に見て取れたからである。

なぜに「第3の原爆」が「ローレライシステム」の奪取の有無に関わらず「帝都」に落とされようとしなければならなかったのかなどなど。。。

映画版では、「ローレライシステム」を中心に完結にまとめざるを得なかったためか、原作全体に律動していた著者の想いは、どこか突拍子もなく表現されるにとどまっていた。
いや、原作そのものも、「第二次世界大戦末期での【もしも・・・だったら】(=現在から過去を振り返ったときに思うこと)・潜水艦を扱う・女性を絡ませる」といった想定(制約)にて紡がれたとのことであるため、半ば強引な設定も見受けられるが、主旋律たる著者の想いは原作の中にて貫き通されていた。

それは、たとえば「個人をまっとうするための生がある一方で、他者との関係の中から紡がれる生もある。独りでは、生きることも死ぬこともできない」(文庫版、IV、p.133)といった言葉などにちりばめられている。。。

著者の想いを、それぞれの登場人物の立場から吐露させるため、軍規から独立した自由意志での裁量の可能性という設定を行うべく、物語の流れは構成されている。隠密行動を主とする潜水艦、しかも、正規の登録をされないままに出航させられる状況。。。そういった設定は、敵と味方との狭間でのやり取り(この辺りは、トム・クランシーの「レッドオクトーバーを追え」の設定に通じるものがある)や、女性を潜り込ませることを可能とし、主人公の一人でもある折笠の言動を許すだけの空間を作り出している。

私が、今、このDVDを見、この本を読む機会を得たのは、複数の意味にて、まさにそうあるべき時だったのかも知れないとも思っている。

一つには、余命幾何もない私の父の戦争体験と、それにまつわる繰り言の多くの意味するところ、そうして、父が生きてきたであろう風景を垣間見たように思えたこと。
一つには、鳩山内閣の沖縄米軍基地に対する対処と、それにともなう様々な出来事、およびさまざまな立場の様々な思いの交錯が、まさに(架空の、いや未登録の)潜水艦である「伊507」を挟んだ複数の視点に相当していること。
一つには、本ブログのテーマである「知と情」とが、主旋律として織り込まれていること。

父の話は、機会があれば記述するかもしれないが、今回は見合わせ、現行の政治との関係、そうしてブログテーマである「知・情」との関連を中心にメモしておく。

現行の政治家の言動が「終戦のローレライ」での軍参謀本部の思考に重ね合わせられるとすれば、たとえば、「終戦のローレライ」で記述されているアメリカの視点は、現行の北朝鮮の視点に重ね合わせられる。

政治家はトップダウンでの裁定を下さざるを得ない立場にある故に、一度決定された路線を踏襲せざるを得ない状況でボトムアップ的な要請との整合性をとり続けようとするならば、どこかで中間層を介在して緩衝材とせざるを得ないだろう。自民党の歴代党首(首相)が(いつかはばれるであろう)密約をかわしてきたのもそういった「政治」固有の情勢に左右されたのであろうし、そういった中間層が想定されないまま、自身の理想を貫き通そうとして手順を誤り、自滅しつつある鳩山内閣は、「終戦のローレライ」の浅倉 良橘にも重なるところがある。

「終戦のローレライ」の基調が、本ブログの主たるテーマである「知と情」にあることを知ったのは大きな収穫だった。そうして、それが、戦時中の日本の基調であった(物質・肉体に対する)「精神」という概念と異質なものとして(明確に)記述しつくそうとしているところが救いでもあった。

そういった概念を記述し尽くそうとして筆に余るがゆえ、後段の蛇足とも言われている後日談的な記述が必要不可欠になったのであろう。

「ローレライシステム」は、まさに第二次世界大戦時の日本の(知的に扱いうる)「精神」至上主義の極値として仮想的に稼働可能なシステムとして組み上げられたともいえる。物語の前半は、そういった「精神」至上主義と現実との狭間が織り込まれている。そうして、「精神」の具現化とともに(知のみでは如何ともしがたい)「情」の繋がりが物語の中ほどから輻湊して「情」を中心とした「想い」へと結実し、さらに終章では「情」のみでは如何ともしがたい状況が立ちはだかっている事実へと、読者の視点を誘っている。

戦争・紛争は、まさに「知が情を凌駕しうる」という仮想・幻想から始まり、大量虐殺や、民族粛正が、そういった延長線にて「知的に」処理されうるが故に可能だということが、物語のアメリカと、現行の北朝鮮とに重ね合わされうるだろう。。。

ワンテンポ以上遅れているが、今度の休日には「真夏のオリオン」を見てみたいものである。。。
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by kisugi_jinen | 2010-06-01 03:53 | つれづれ。。。 | Trackback(1) | Comments(0)



「ともし火に我もむかはず燈(ともしび)もわれにむかはず己がまにまに」(光厳院) --- 厳然とした境界を越え得ぬとき、その上でなお、越えうるものがあるとすれば、それは「情」である。
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