AX
<   2007年 08月 ( 3 )   > この月の画像一覧
ミミの思い出。。。
ミミ。。。

私がまだ小学生だったころ
寒い冬の夜に
布団の中に潜り込んできて
いつも私の足元で丸くなって寝ていたミミ
私のコタツだったミミ
ミミのカマクラだった布団
ミミにとって私の足は何だったのだろう
ミミ。。。

君がいつやってきたのか
定かではない記憶の中
猫マンマにかぶりついて
すこし魚くさくなったお前をだいていた日々
家族の一員だったミミ
ミミの棲みかだった家
ミミにとって私の腕は何だったのだろう
ミミ。。。

ガリガリといつもの爪とぎ
ボロアパートの
台所の柱に背伸びして
丸くなった爪を見るために押す肉球
柔らかで暖かだったプニプニ
猫じゃらしを叩いて踊る
ミミにとって私との触れ合いは何だったのだろう
ミミ。。。

いつのまにか3匹の子猫
片隅のダンボールの中
ピチャピチャとミルクを飲んで
元気にもらわれていく子、弱って死んでいく子
母親になったミミ
父親の分からない子猫
ミミにとって結婚・出産って何だったのだろう
ミミ。。。

誰が巻いたか尻尾に輪ゴム
親父の過ぎたいたずら
どこぞで聞いてきたのか
血が通わなくなって腐って落ちて短くなると
すぐに外してあげたミミ
笑いながらみていた親父
ミミにとっていたずらって何だったのだろう
ミミ。。。

頭をはたかれすっ飛んでいくミミ
お袋に首根っこを引っつかまれ
部屋の排泄物に鼻を押し付けられる
「ここにしたらダメでしょ!」、パンパン!
首を竦めるミミと私
しばらく帰ってこないミミ
ミミにとって躾けって何だったのだろう
ミミ。。。

見知らぬ町に消えたミミ
1日がかりのお盆の帰省
連れて行きたいと言った私
車の中で鳴き出して窓を開けると飛び出した
渋滞の4車線を横切って
明かりの奥に消えていった
ミミにとって車って何だったのだろう
ミミにとって私って何だったのだろう
ミミにとって街って何だったのだろう
ミミにとって家族って何だったのだろう
ミミ。。。
さよなら、ありがとう。。。
ミミ。。。
[PR]
by kisugi_jinen | 2007-08-18 08:25 | 思い出。。。 | Trackback | Comments(0)
狭義の情、広義の情、知的切断面、境界について。。。
本ブログ内にて、私的に使用している用語を、少しばかり整理しておきます。
(既に、ブログ内にて記述していることを、まとめたものです)

1.狭義の情的。。。
知的にしか「概念」を取り扱えないとしたとき、情的なものは、知的概念を貫いていく方向性をもつものになるであろう。
もし仮に、情的を「感情」として「感じうるもの、共感しうるもの」として取り扱いうるとするならば、それは、狭義の「情的」になるであろう。
「狭義の情的」なものの代表としては、情および情動を表すさまざまな単語・言葉をはじめ、知的所与を交錯させて完成された(あるいは未完の)芸術作品と呼ばれる一連のものが相当しうる。ようするに、記号化されることで、他者と共感可能(感情の交換が可能)なものとして、扱いうるものになる。このように、記号化可能だとされたとたん、当該「情的」なるものが、「知的概念」と相同なものとして扱いうることになりうる。すなわち、この段階にて、「情的なもの」は、「狭義の情的」として捕らえうるわけである。
このことは、科学的と呼ばれるもの、あるいは客観的と呼ばれるものが、自然科学の分野にとどまらず、社会科学などの分野に応用されえた経歴に重ね合わせれば、理解しやすいかもしれない。
2.広義の情的。。。
そのような「狭義の情的」に対して「広義の情的」なるものは、「知覚されえないもの、感じられえないもの」をも含んでいる。すなわち、知覚・感覚といった認識以前の「すべて」を含んでおり、切り離しえない「このわたし」と「そのあなた・そこにあるもの」と「その関係」といった繋がりを含んだ「総体」に相当しうる。

そもそも「情的」な言葉・記号(歌・詩・絵)には、「○○にとっての」とか、「△△に対しての」といった相対する二つ以上のものの存在を前提として、その間の関係を表現しようとしたものであり、○○とか△△といった要素が抜け落ちてしまっている。

たとえば、「愛」といった言葉が、さまざまに解釈可能でありながら、(ある人にとって)一定の関係を概念化していると感じ、さらに、その概念化された「もの」を他者に伝えうる、ないし、共感しうると感じるときこそ、まさに、「広義の情的」な「愛」が「狭義の情的」な「愛」として認識された瞬間であるといえる。しかしながら、他者に話しても、うまく伝わらない、あるいは、共感不可能な「愛」だと知ったとき、「狭義の愛」から「広義の愛」という存在に思いを馳せることが可能になった瞬間ともいえる。

3.境界。。。
「広義の情」は、言い換えれば、素のままの「わたし」(他との境界設定すら困難な「わたし」)と、その設定困難な「境界」を貫いて、設定困難な「境界」の外側のものへと繋がる「もの」である。

設定困難な「境界」とは、先に述べた「愛」と記号化されうる「情」の場合にて記述したように、「共感不可能性」から「共感可能性」へと変遷し、さらに「共感不可能性」へと変化しうる行程にて、知らぬうちに移動していた「愛という概念」(知的概念)の位置そのものを指している。

4.知的切断面。。。
このように、知覚・感覚によって認識される(知的概念化される)ときに確立されうる「境界概念」を、私は私の造語としての「知的切断面」として表現することにしている。
おそらく、構造構成主義における、「関心相関的に立ち現れる構造」といった概念は、私的な「知的切断面」と相同のものを述べているものと考えている。というのは、mixi内にて西條氏とやりとりしたときに、私的な「知的切断面」解釈を、ほとんどそのまま記述することにて、西條氏の構造構成主義における「関心相関的に立ち現れる構造」を、ほとんどそのまま言い当てていたからである。


※07/08/07 04:20補足説明
たとえば、「わたし」、「私と家族」、「私と職場」、「家族と近隣」、「家族と親戚」、「地域と県」、「県と国」、「国と国」、「地球と宇宙」といったように、「わたし」を中心とした境界は様々に設定しうるし、その想定された境界を越える繋がり(物理的なやり取り:状報交換ではなく、情的なやり取り:情報交換)があるからこそ、境界(知的切断面)の移動が可能になっているといえる。
このことは、物理的なやり取りが全く想定不可能な世界の間、すなわち、たとえば「この世とあの世」といった仮想的な世界観に設定されうる境界(知的切断面)を越えて、「情」的なもの(思い)があるといった情態にも適応可能である。
たとえそれが「情報交換不可能な一方的な思い」であったとしても、である。
ここで注意しなければならないのは、「知的切断面が、認識・解釈による」ということであり、「情」に対しては二次的な派生として捉えるべきものだということである。
すなわち、たとえば、「この世・あの世」といった世界が最初にあるのではなく、「死者に対する思い」が最初にあって、次に感覚的にでも認識可能な記号化された境界設定(知的切断面の設定)をなし得るとき、はじめて「思いの方向」に「あの世」というものを想定しうるのである。
このことは、「千の風になって」にて、「お墓の中にいる・いない」とか「風の中にいる・いない」とかいった想定=モニュメントの設定とも、密接に関連してくる。。。

[PR]
by kisugi_jinen | 2007-08-06 06:41 | 用語・概念。。。 | Trackback(2) | Comments(4)
粒子・反粒子振動関連メモ
二つの量子力学的振動。。。真空ラビ振動。。。粒子・反粒子振動。。。そして「存在」。。。
粒子・反粒子振動について、特に小林・益川理論関係(CKM行列などの関係)のPDFファイルが散見されるので、リンク先をメモしておきます。

http://www-rccn.icrr.u-tokyo.ac.jp/kajita/guidance-kashiwa-050702.pdf
http://www.hepl.phys.nara-wu.ac.jp/~miyabaya/edu/intro_to_hep/lecture_9.pdf

http://ja.wikipedia.org/wiki/CKM%E8%A1%8C%E5%88%97
キーワード
クォーク混合角
複素位相

[PR]
by kisugi_jinen | 2007-08-03 06:49 | リンク。。。 | Trackback | Comments(0)



「ともし火に我もむかはず燈(ともしび)もわれにむかはず己がまにまに」(光厳院) --- 厳然とした境界を越え得ぬとき、その上でなお、越えうるものがあるとすれば、それは「情」である。
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
検索
カテゴリ
最新の記事
お知らせとリンク。。。
お知らせ
●コメントスパム対策のため、承認制に変更しました(2010.09.29)
●トラックバックのリンクチェック機能を追加しました。excite以外からのトラックバックをされる場合、当該記事へのリンクを埋め込んでください。
リンク
ゲストブック
---全体的なコメント等は、こちらへどうぞ。。。
来生自然のホームページ
---私の知の思想史。。。
鉄鼠
---「考える」ということに向き合う。。。
Genxx.blog
移転後http://blog.genxx.com/
---「情」を含めて専門的な立場から「こころ」を模索し続けるGenさんのブログ。。。
研幾堂
---山下裕嗣氏による哲学のサイト。以前、形而上学についてやりとりさせていただいた。
記事ランキング
最新のコメント
Kandomonmasa..
by kisugi_jinen at 01:29
Kandomonmasa..
by kisugi_jinen at 03:51
kisugi_jinen..
by Kandomonmasa at 14:28
> SumioBabaさ..
by kisugi_jinen at 10:41
「神」を完全に解明しまし..
by SumioBaba at 05:06
最新のトラックバック
究極の人工知能。。。ショ..
from 来生自然の。。。
所詮ゲーム、背景を勘ぐる..
from 来生自然の。。。
シン・ゴジラと所信表明演..
from 来生自然の。。。
ポケモンGOのお台場騒動..
from 来生自然の。。。
シン・ゴジラ。。。
from 来生自然の。。。
以前の記事
フォロー中のブログ
外部リンク
ブログパーツ
ライフログ
ファン
ブログジャンル
画像一覧