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総体と知的切断面と私と。。。
前回の「小さな実?たち。。。」
で示したものの中には、実のように見えて、実ではないものが含まれている。
また、ゴール(虫こぶ)にも、実や蕾と間違えるものがある。

これらは、時間軸方向の動き(時の流れ)がなければ、区別不可能に陥るであろう。。。

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※写真はイネ科の植物の花たち。。。おそらく右は雀の帷子(すずめのかたびら)でしょう。。。

「この」わたしを突き詰めようとするときに、私と総体との境界問題が発生することは以前の記述にて示した。

では、「この」わたしとして「認識」している「もの」は一体何なのであろうか。。。?

私が私を私として認識するとき、時間の流れと記憶との問題が取りざたされうる。すなわち、「自己同一性」である。

この問題は、過去にも記述しているが、知的限界問題(知的切断面問題)として捉えた場合のゼノンのパラドックス問題に直結していると考える。

「この」わたしが、それを考えているこの一瞬にあると思ってしまうのは、まさに総体から私を切り離しうるという知的切断面そのものであり、切り出された断面に張り付いた私を眺めているに過ぎない。


では、眺めているのは誰か?

それこそが「総体から切り離し不可能な私」であろう。。。

すなわち、逆説的に言えば、「総体」とは、空間的にも時間的にも切断されうるものであるがゆえ、時空間を含み、相互関連しうる、ありとあらゆる「全て」である。

なおかつ、眺めている主体は、知的切断面(境界)にて周囲から区分可能な存在でもあるわけである。
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by kisugi_jinen | 2005-06-24 07:14 | 思考。。。 | Trackback | Comments(2)
小さな実?たち。。。
初夏に実を結ぶものたち。。。
若干、花(の蕾など)が混じっています(笑)。。。

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↑不明。。。
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↑桜の実(サクランボ、といっても食べられない種類、ソメイヨシノかな?)
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↑ヤマグワ(桑の実)よく見かけるが、不明どなたか、ご存知の方、おおしえください。このサイト内の花すべて、名前が付いていないのは、私の無知によるものがほとんどです。。。)
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↑ヒメコウゾの雌花(栗の実みたいな花?実?
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↑ショカツサイの実。豆(でしょう。。。)。右は花。。。
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↑コウボシバ。海岸ちかくにて一つだけ見つけた。。。
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↑ヤマブキの実に似るが、4つないし5つではない。。。近くの公園にて。。。
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↑エゾノギシギシの実すいばの花?
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↑松の雌花
※05.06.24 07:20 表示画像サイズ変更(クリックすると倍の大きさで表示されます)
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by kisugi_jinen | 2005-06-21 00:22 | photo。。。 | Trackback(1) | Comments(0)
じねんと自然と。。。人為と自然と境界と。。。
自然(じねん)をハンドルネームに選択したのは、パソコン通信が流行っていた頃、かれこれ10年以上昔になるだろうか。。。

「宗教と科学の接点」(河合 隼雄著)に記されていた「じねん」の概念を知り、ハンドルネームにした。

その後、紆余曲折を経て、境界問題を考えている。。。

当初、物理学的な側面から、切り離そうとして切り離せない相互関係について考えた。

すなわち、量子の2重性(存在確率の平方根としてのシュレーディンガー方程式にてあらわされる波動性と粒子性)の意味するところがどうしても理解できなく、エヴェレット解釈の意味するところを考え、現在の思考の根底にそれがあるとも言える。

次に、心(「この」わたし)の側面から、切り離せないけれど切り離してしまいうる他との関係を考えた。

すなわち、「この」わたしの一部である「知」(識別・切断面)というものを介した認識に、「この」わたしの特性の一部が見て取れるということである。
それは、「傾向性・志向性」であり、性癖でもある。


「わたし」が「わたし」として他者から切り離されると考えるとき、すなわち「主体性・自我・主観」を他から切り離し可能だと認識しうるとき、人智は、生命体である「わたし」を離れることが可能だという錯覚に陥る。

すなわち、「わたし」をコード化しコンピュータ上に残せる(移植できる)のではないだろうか?とかいった概念である。
コンピュータゲームなどに集中したときに、リアルからアンリアルに逃避することが起こりやすいこととも関連しているであろう。

こういった考え方の根本には、以前に指摘しているように、ゼノンのパラドックスが潜んでいるのであろう。

すなわち、「知的切断面」への固執ともいえる。視野が狭くなっているという表現とも近いであろう。

知的切断面への固執、すなわちゼノンのパラドックスの根本概念への陥りは、「知」を「その他」と等価のレベルにて扱わねば、解決不可能だと思う。

すなわち、「知」は、「その他」を含む「総体」から切り離し不可能だという概念(これも知的切断面なのだが。。。)である。

そういった概念を「知的に考える」とき、物理学的な切り離し問題が再度浮上してくる。

物理学的な攻めでは、「切り離そうとして切り離せない観測者・自己・わたし・心」という概念が浮き彫りになっている。そのため、エヴェレット解釈なるものが生み出されたともいえる。

ここにおいて、主・客の境界はぼやけ、人為と自然との境界はぼやけることになる。
自然(じねん)の概念と人為の概念との境界がぼやけるのである。


しかしながら、両者の境界は厳然として「ある」ようにみえる。
でなければ、「この」わたしの存在は、霧散してしまうからである。

そういう意味で境界は「あり」かつ「ない」という事態に直面するということになる。。。

仏教用語で言えば「空即是色・色即是空」に対応するであろうか?
ただし、エネルギーと物質といった概念(時間概念の超越が必要)ではなく、「この」わたしという概念であり、超越項が不必要な空間概念に近い話しになるであろう。

※注:この時間軸方向(すなわち、超越項に関与する)ではなく、空間方向への複数の視線・視点という方向性は、デリダの脱構築にも相当すると考える。(2005.06.18,2:35)

別の観点から再度、このだまし絵・多義図形的に知的切断面を捉えなおしてみるならば、対立する思想の図式に相当するであろうと思う。。。

すなわち、端的に言えば、右か左か?ということである。

「わたし」というものが、「他」から切り離されるという概念を抱くときに、主体性とか自由意志とか能動的とか、体性批判とか革命思想とかいった概念へと移行しやすいだろう。

「わたし」というものが、「他」から切り離されないという概念を抱くときに、協調性とか共感とか受動的とか、共同体とか保守的とかいった概念へと移行しやすいだろう。

これら概念も「知的切断面」を離れていないのだが、自然発生的に見える「境界」という概念を考える上で、非常に重要な双方向の概念になろうかと考える。

以前、本ブログにて何度か記述した「情報」と「状報」という切り分け・境界も、「心・このわたし」が関与しているといえるであろうた。。。


「わたし」と「他」とが、相互に切り離されることなく影響しあい、それでいて「切り離される」とか「切り離されない」とか、左とか右とか、個とか全とか、そういった二者択一の各人の向かいやすい方向性・志向性・性癖への流れを、己が意思かつ自然な思いにて、じっと見据えつつ、考え・行動する。。。

おそらく、そういったことこそが

戦乱の世に生まれ、自身の関与にて多くの人々の死に関与した故に、

「ともし火に我もむかはず燈(ともしび)もわれにむかはず己がまにまに」

という歌を作られたざるをえなかった「光厳院」の心境であったに違いないと、ふと。。。そういう思いがよぎっている。。。

※2005.06.17 07:22 リンク埋め込み
※2005.06.18 02:24 一部訂正(取り消し線にて)
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by kisugi_jinen | 2005-06-15 21:43 | 思考。。。 | Trackback | Comments(0)
花と葉と。。。
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花は葉が変化したものであると言うことは、

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昔、植物図鑑で具体例(緑色の花)について

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読んで知っていた。

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葉緑素が抜けることで、緑から様々な色へ変化することができたという。葉から花への変化は、他の生き物、とくに昆虫との共利共生が生み出した変化なのであろう。



花と葉との境界は、「個と全体と」の境界でもある。

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葉と異なり、


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受粉を媒介してくれる昆虫を招く花は、


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葉緑素が抜け落ちているがゆえ、光合成をすることなく、


草木の単体にとっては、マイナス要素以外の何ものでもないはずである。

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それに、やたらめったらきれいな花をつけたら、人間様に摘み取られてしまう。



花とは、草木の全体(連綿たるつながり)にとって意味のあるものであり、虫たちを誘ったり、人に愛でられることで、繁殖していくことに繋がる。

。。。

花と葉と
生殖器官と個体と
花と昆虫と
全と個と
国家と個人と
人類と国家と
地球と人類と
太陽系と地球と
銀河系と太陽系と
宇宙と銀河系と
全体(総体)と宇宙と言う知的切断面と
右翼と左翼と
。。。

境界を設定し、それについて論ずることは、自身の知的切断面の正当性を論ずることに他ならない。

そうして、想定される境界(すでに知的切断面なのだが)と、その境界を両側から見る立場の人々にとってのそれぞれの知的切断面とがズレる時、あるいは、本来あるべき「境界の曖昧性」(知的切断では捉えきれない、あるいは逃れうるべき全体・総体・情的連綿性)が二者択一を求められるとき、論争は戦争にまで発展しうるであろう。。。

知の正当性が、論理性と無矛盾性にのみ立脚しうるのであれば、情を知によって正当化しようとする試みの一切が、情・総体・全体を知的切断面によって切って捨て去る行為になるということを、深く考えるべきなのだろう。。。

「ともし火に我もむかはず燈(ともしび)もわれにむかはず己がまにまに」(光厳院)


※全ての画像は、クリックすると、倍の大きさで表示されます。
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by kisugi_jinen | 2005-06-10 06:21 | 思考。。。 | Trackback | Comments(0)
小さな花たちの大きな宇宙。。。3。。。
取り撮り溜めたものです。。。
オオムラサキツユクサ。。。

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小菊ないしタンポポの一種?

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不明。。。マンテマ。。。小さな花。。。群生してました。。。

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近くの庭の木です。。。(おそらくハコネウヅキ)

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※クリックすると拡大します。名前が分かったものは、書き換えています。
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by kisugi_jinen | 2005-06-08 21:43 | photo。。。 | Trackback | Comments(0)
貝塚伊吹。。。
貝塚伊吹というらしい。。。
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よく、生垣として目にする。
通り道では、5mぐらいの木となって、生えている。
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春に花を付け、翌年の秋に実がなるとのこと。。。
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6月初旬に撮影(於新潟市)
花は雌雄別とのこと。
おそらく、花と若い実(球果)だと思われる。。。

拡大すると、まるで星のようだ。。。

幼い頃、この枝を折って、クリスマスツリーみたいにして遊んだことを思い出す。。。

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※クリックすると倍の大きさで表示します。
※タイトルを含め、「貝塚息吹」になっていたものを「貝塚伊吹」に訂正しました。(07/05/30 03:06)
※08/11/05 04:40 写真を追加。2005/9/9に撮影したものを最後に追加しました。この後、しばらくして、これら野性的な貝塚伊吹の群生は伐採され、見ることが無くなりました。
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by kisugi_jinen | 2005-06-06 04:33 | photo。。。 | Trackback | Comments(1)



「ともし火に我もむかはず燈(ともしび)もわれにむかはず己がまにまに」(光厳院) --- 厳然とした境界を越え得ぬとき、その上でなお、越えうるものがあるとすれば、それは「情」である。
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