AX
ハクチョウ撲殺。。。「ゲーム感覚」と「楽しいから」の背景。。。
前回、
花の切断。。。モニュメントの二重の知的切断と情と。。。
にて、チューリップをはじめとする一連の栽培された花の切断事件を取り上げ、知的・論理的側面からの考察を行いましたが、花の切断も、今回の事件も、単に「楽しさ」といった感覚のみにて、「何も考えずに」おこなったというのが、大方の見方になるでしょう。

しかしながら、「単に楽しい・何も考えない」=「知的切断+情の切断」という図式も、考えられます。(以下、詳細な私論です)

(上記、文脈がおかしかったので一部修正。08/05/04 14:20)

これは、茨城県水戸市千波町の千波湖で4月28日に発生した、「コクチョウやハクチョウ計7羽が頭を殴られるなどして死んでいた事件」での表現とも絡み合います。
MSN産経ニュース:中学生2人「楽しくて殴った」と供述 千波湖の鳥死亡
2008.5.4 01:54
http://sankei.jp.msn.com/region/kanto/ibaraki/080504/ibr0805040155000-n1.htm

と、たとえば、
<ハクチョウ7羽死>男子中学生2人「ゲーム感覚で殴った」
5月4日0時8分配信 毎日新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080504-00000000-mai-soci&kz=soci

での「楽しくて」と「ゲーム感覚」という言葉です。

単に「ゲーム感覚」という言葉のみがマスコミに取り上げられていたならば、「感情を消失した冷酷な殺戮ゲーム」といった感覚が先行したかもしれません。

そうではなく、「楽しくて」といった表現をしているところが重要だと思います。

以下、論理的な考察を行っていますが、「そんなに深く考えなくても、単に【楽しくて】やったんだろ?」という考えに対する示唆も含んでいるつもりです。

この事件でも、2重の知的切断(概念形成)を踏まえる必要性があります。

1.対象(ハクチョウ)が属する世界の概念(価値観の概念)の違い
誰もが皆、幼き頃に、夢中で昆虫を捕まえては「遊んだ」ことがあるでしょうし、小動物で「遊んだ」ことがあるでしょう。この「遊んだ」という行為の延長線に、たまたま「ハクチョウ」がいるという概念は、想定可能です。
これは、前回投稿での「雑草と栽培された花」との境界(概念の差異)そのものに相当します。
すなわち、「遊び」の対象となる虫たちとハクチョウとの属する世界が異なるのか、同一なのかといった概念の差異です。
マスコミに取り上げられるかどうかも、まさに、この概念の差異にあるといえます。
彼らが最初から、一般社会通念としての「遊んでも許される虫たち」と「許されないハクチョウ」といった概念形成が全くなかったのか、それとも、一端形成されていたものの、内部にて概念が(破壊され)変化して、「仲間」と「それ以外」といったような概念のみに単純化される傾向にあったのかは、定かではありません。
しかしながら、すくなくとも、彼らの(知的に切断された)概念では、(一般社会通念としての)「遊んでも許される虫たち」と「許されないハクチョウ」とは、同一カテゴリーに属しているとみなすべきでしょう。

2.モニュメントとしての「ハクチョウ」と「虫」
虫の多くは、一般的に忌避されるものとして扱われます。
たとえ益虫(という概念で扱われる虫)であったとしても、食卓の上を飛び回ったり、夜中に進入されたりしたら、たまったものではありません。
「一般社会通念」を有していると自負する大人たちでも、普段、蟻を踏みつぶしているかもしれないことには無頓着でしょうし、虫食いの野菜を選ばずに、虫が食っていない野菜を選ぶことが多いでしょう。
モニュメントとしての「虫」は、「ことば・記号」としての「虫」に相当し、それによって引き起こされる「情」は、「忌避」の割合が高いと思われます。
それゆえに、「虫愛ずる姫」としてのナウシカが、宮崎 駿によって映像化されたとき、人々に衝撃を与え得たのです。
一方、ハクチョウは、「みにくいアヒルの子」や、「白鳥の湖」、求愛行動でのハート型など、美的感覚が先行することと、(ツバメと同様)漂鳥であるといった概念が、人々に「守りたい」という「情」を引き起こすことでしょう。(※1
b0032038_6164813.jpg

b0032038_6173653.jpg

「動物愛護」とか「野生動物保護」といった概念が先行するのではなく、純粋に「守りたい」という「情」が先行していることが本来的なはずです。
しかしながら、彼らは、その「情」を切断するかのごとく、一羽にとどまらずに、多数(報道では七羽)を撲殺しています。
もし、「ハクチョウ」と「情」の片鱗でも繋がりあっているのならば、一羽を撲殺した段階で、そのハクチョウの「苦しみ」とかを感じ取り、撲殺を繰り返す度毎に「かわいそう」とかいった感情が(少しであっても)生まれるはずです。(虫との差異を記述していますが、たとえ虫に対して忌避のイメージしかなくても、多数の虫を無意味に殺すときには、やはり、躊躇する心があるはずです)
←モニュメントとして確立されているからこそ、破壊しようとするのであれば、前回の投稿と同様の考察になります。前回の事件は、犯人の年齢層等が不明のため、意識的に行った犯行の場合をも想定して記述していますが、今回の場合、そこまで考えての犯行とは思われないため、割愛します。

で、もし、そういった感覚が(生まれるべき状況であったのに)生まれていないのであれば、二通りの背景が考察されうるでしょう。
A.「かわいそう」という感覚が昔はあったが、今はない。ないし、一時的に遮断された。
B.「かわいそう」という感覚が昔からない。
Aの場合、(いわゆる)社会通念と折り合わせるように誘導することが可能でしょう。しかし、もし、Bの場合であったなら、不可能に近いと思われます。

いずれにしても、情に関して、たとえば「かわいそう」といった感覚がない情態であったなら、他者ないし自己に対する「情」が切断されているとして、捉えることが可能でしょう。

そうして「ゲーム感覚で・楽しいから」といった概念のみが、二人(ないし、彼らを含む仲間)の間にて共有される・共感される「知(ゲーム)」ないし「狭義の情(楽しい)」であるならば、彼らは、一般社会との間に自ら境界を設定し、知的・情的に切断される方向性を選択しているのだと考えるべきでしょう。そうして、そういったことを、彼らは「未だに」気づいていないだけなのでしょう。。。
おそらく、大方の見解や、本人たちの言い分もこのあたりに落ち着くことと思われます。
もし、そうであるならば、早急に改善されるべきでしょう。
なぜなら、知的・情的な外部との切断・境界がずーっと続くのであれば、それは、彼らの存在そのものを二者択一的に選択せざるをえない状況に追い込むでしょう。
そのことを、単に世代間のギャップとして単純化してしまうことも可能ではあるのですが。。。

さて、もし、「かわいそう」などの感覚が生まれていて、なおかつ、撲殺を繰り返したのであれば、彼ら(仲間)間での結びつきすら、崩壊してしまうことでしょう。
すなわち、「外部」へ向けられた殺意が、「自ら」に向かう殺意として働きうるということであり、傷害事件への方向性であり、「自殺」の方向性すら示唆するものです。

※1
実際の所、ハクチョウが貪欲で、他の水鳥や他のハクチョウを攻撃してでも餌をとろうとする姿が、瓢湖のハクチョウに餌を与えるときに、垣間見られます。
(ただし、全てのハクチョウではなく、ごく一部のハクチョウです。←08/05/04 14:32追加)
b0032038_618034.jpg


※ブログ内参照リンク先(08/05/05 23:55追加)
「いじめ」と「知的切断」と。。。知の優位性とその背景。。。
千の風になって。。。モニュメントの真意。。。切断された情を結びつけるもの。。。
「爆心地から遠くはなれて」を見終わって。。。
フランスの暴動。。。そして日本。。。
境界をなくした男。。。なのか。。。麻原彰晃。。。
自己責任と参拝と。。。2。。。
狭義の情、広義の情、知的切断面、境界について。。。
人の命の(知的)切断。。。国家による大量殺戮と個人による無差別殺人と。。。


※08/05/11 05:30追加
その後、いろいろ調べていくと、ハクチョウに対する「いじめ」は、以前から散見されていたとのこと。おそらく、エスカレートしていく「何らかの背景」があったのだろう。。。
asahi.com:ハクチョウ被害、昨年から 羽に接着剤も 水戸・千波湖 - 社会(2008年05月05日14時58分)
http://www.asahi.com/national/update/0505/TKY200805050072.html


※08/05/16 04:30 追加
報道によると、「羽根を広げて抵抗するのが楽しい」、とか発言しているようである。
やはり、最悪の情況を想定せざるを得ないのかもしれない。。。
「凶器」は落ちた枝 ハクチョウ惨殺 少年2人処分 - MSN産経ニュース 2008.5.15 03:00 
http://sankei.jp.msn.com/region/kanto/ibaraki/080515/ibr0805150301001-n1.htm

その昔、「さあ、ゲームを始めましょう」と、語った少年。。。その言葉(知的切断)を産み落とした背景(知による情の切断)が、深く・静かに広がったのだろうか。。。

別投稿でも触れたが、彼らを「知的・情的に、完全に切断」しようとすることは、無意味だろう。。。かつ、また、そのまま無条件に「全体」に取り込むことも、無意味であろう。。。

宮崎アニメに重ね見る、極刑を越える情。。。

[PR]
by kisugi_jinen | 2008-05-04 06:15 | つれづれ。。。 | Trackback(3) | Comments(8)
トラックバックURL : http://jinen.exblog.jp/tb/8526197
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Tracked from 来生自然の。。。 at 2008-05-09 22:44
タイトル : 宮崎アニメに重ね見る、極刑を越える情。。。
昨今、悲惨な事件が多い。。。 被害者の家族は「胸が張り裂けんばかり」の思いをされておられると聞き及ぶ。。。 加害者は、「思い・情」を「知的に切断」することで、冷酷かつ無常に(彼らの想定する価値観に基づいて)被害者をあたかも「動物」、いや「モノ」のごときに扱うのであろう。。。 加害者は、ばれなければ、事件そのものが(知的に)外部と完全に切り離されうると「信じ込んでいる」かもしれないが、あらゆるものは繋がりあっていて、決して完全には切断することが不可能であることを、観ずるべきであろう。。。 ...... more
Tracked from 来生自然の。。。 at 2008-05-23 03:44
タイトル : 思春期というモニュメント。。。思春期人と大人と。。。
思春期。。。 大人たちにとって、回顧されうるもの。。。 大人たちにとって 思春期とは 記号化され、モニュメント化されうるもの。。。 そのモニュメントを通してのみ 情を注ぎ込めるもの。。。 共有可能であり、共感可能なもの。。。 過ぎ行きし思い出として 語りうるもの。。。 思春期人たちにとって、困惑されうるもの。。。 思春期人にとって 思春期とは 方向すら定まらず、共有不可能で、共感不可能なもの。。。 その「不可能性」をもってのみ かろうじて情を繋ぎ得るもの 思い出...... more
Tracked from 来生自然の。。。 at 2014-05-30 03:57
タイトル : 知的切断。。。思春期人(ししゅんきびと)を越ええなかった..
AKB握手会での殺傷事件を知ったとき、二つのことが脳裏をよぎった。。。 「犯人は、自己を外部から切断したがっているのでは?」 と 「AKBを含む人と人との繋がり方そのものの崩壊の危険性」 の2点である。。。 思春期人(ししゅんきびと)の知的切断。。。 以前、白鳥の事件について記述したことがあるが、対象は象徴性の高いもので、完全性を備えていると思われるものを狙う傾向があるのかもしれない。 ハクチョウ撲殺。。。「ゲーム感覚」と「楽しいから」の背景。。。 http://jinen.e...... more
Commented by 一刀両断三銃士 at 2008-05-04 11:00 x
ただ旅をして来ただけの可愛い鳥たちに、なんてことを仕出かした。かわいそうでかわいそうで言葉にならない。心の貧しさ、卑劣さ、慈しみの無さときたら、人を人とも思わない欧米の国際金融資本に酷似している。

「ゲーム感覚」だったと客観的に分析できていることから、残虐悪質であること極まりありません。この非道の男ら二名については、それならば、社会の側も未成年者に対する「実験的」処刑を行わなければならないでしょう。怒りと憎しみが、満ちはじめているようです。
Commented by kisugi_jinen at 2008-05-04 19:48
一刀両断三銃士様
動植物に境界線を設定するのは、人の側の都合によるものが多いでしょう。
過去、人の側が「生きるため」に殺生してきた歴史があり、かつ、スポーツや装飾品(象牙、毛皮)のために殺戮されてきた歴史もあるでしょう。
おっしゃりたいことと多少ずれがあるかもしれませんが、私が主張したいことは、そういった(行為を行いうる)人間の都合による殺戮を含んでいます。
したがって、
>社会の側も未成年者に対する「実験的」処刑
が何を意味しているかは分かりかねますが、そういった事も含めて、「そういった(行為を行いうる)人間の都合による殺戮」を含んでいることを、深くお読みになっていただきたく存じます。
Commented by 一刀両断三銃士 at 2008-05-05 04:32 x
今や薄汚く腐り切った貨幣経済。世界の富の実に8割が、わずか数十人の動物たちの手に落ちています。そして動物たちの私有銀行FRB(米連邦準備制度)という印刷所で、今この時にも不換紙幣の国際通貨を思うままに刷り続けているのです。
経済構造の本質さえ知れば、60億の人々は自らが、子が、孫が、友人が、お隣さんが、すべての仲間たちが、動物によって精神的・経済的に奴隷化されていることに、いとも簡単に気付くことができます。重要なのは知らされない、知ることのできないでいるという事実なのです。
さて、生きる糧を得るために少々の殺生を行うこと。これはしかたがない。しかたがないから心を込めて「いただきます」。もっと得たい、もっと稼ぎたい、際限ない富を得たいといってクジラのヒゲを求めたら、像の牙を切断したら、それは言うまでもなく罪ですね。さらに狩猟を越えた、個人的な倒錯欲に発するところの殺生となると、これはもう罪、大罪の範疇に収まらない悪行ということになるのです。
Commented by 一刀両断三銃士 at 2008-05-05 04:32 x
そんな動物に対して、人間社会の法が適用されることはありません。もしも動物が「なんだと!ぼくは動物なんかじゃない!神だ!』と人の言葉を用いて反論をしたといたしましょう。ならば神の領域へ昇りて裁く。それだけのことです。
Commented by kisugi_jinen at 2008-05-05 23:13
一刀両断三銃士様の想定しておられる「人・神・動物」概念ないし境界設定について了解いたしました。
今回の事件のみに限定させていただきますが、「動物・人・神」という概念を、誰が、どのように駆使しようとも、「たかだか人間の概念」からは逸脱することは不可能です。
したがって、彼らがどのように《自分(たち)》を扱おうとも、また、彼らに対する人々がどのように《彼(ら)》を扱おうとも、「動物」や「神」概念として扱うことは無意味です。
「動物・人・神」概念そのものに暗黙裏に上下関係を設定すること自体が無意味だからです。
そういった論争は、「知的な」幻想(唯脳論的な認識内部)に拘泥してしまっています。
それら概念を貫いている「もの」(本ブログでは「広義の情」と表現しています)を、おもんばかることが、第一にあると思っております。
Commented by kisugi_jinen at 2008-05-08 03:35
今回の投稿では、彼ら(中学生)を諭す場合を考えたとき、「ハクチョウだからダメで、虫だったらいい」とか「人間だからダメで、動物だったらいい」とかいった概念から入る(はじめにモニュメントありきから入る)のは問題だということが、主張したいことになります。
ただし、「最初に平等な世界観ありき」(世界は平等だというモニュメント)から入れといっているわけではありません。
彼らが、彼らにとっての様々な外部世界と関係していくとき、全く切り離された世界(「そんなのかんけーねー」と扱いうる世界)は存在し得ないということを、深く観ずる必要があるということを、学び取って欲しいということです。
本来ならば、(広義の)情があって、その次に「モニュメント(概念)」が来るべきなのでしょうが、「教え・諭す」といった場合、順序がどうしても逆(すなわち、モニュメント・概念を提示し、共有・共感できた段階で、モニュメント・概念を取っ払った状態を考える)にならざるを得ない所があると思います。
Commented by kisugi_jinen at 2008-05-08 03:40
中学生は、第二反抗期に属すると言われますが、知・情の優位性が交錯している段階でもあると思います。全ての物事が知的に解決可能だといった幻想から脱却し、情のなんたるかや、「人生とは?」を深く考え始める時期でもあります。
彼らの心のどこかに、「外部」との関係を繋ぎ止める「情」の片鱗が残されていることを祈らざるを得ません。
Commented by 一刀両断三銃士 at 2008-05-09 10:18 x
狂犬病の動物は駆除しなければなりません。なぜなら私に噛みつき、貴方に噛みつき、彼に彼女に、あの人にその人に、老人に子どもたちに、それこそ見境無く噛みついて相手を死に至らしめるからです。それも「ゲーム感覚だったんだもん」とか、あるいはもう少し成長して更に馬化になると「お前たちが劣等人種だからこうなるんだよ」などとぺちゃくちゃ喋くって、人を侮辱した笑みを浮かべて・・・・・・
早々に駆除してあげることがよろしいのでしょう。
<< 宮崎アニメに重ね見る、極刑を越... 花の切断。。。モニュメントの二... >>



「ともし火に我もむかはず燈(ともしび)もわれにむかはず己がまにまに」(光厳院) --- 厳然とした境界を越え得ぬとき、その上でなお、越えうるものがあるとすれば、それは「情」である。
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
検索
カテゴリ
最新の記事
お知らせとリンク。。。
お知らせ
●コメントスパム対策のため、承認制に変更しました(2010.09.29)
●トラックバックのリンクチェック機能を追加しました。excite以外からのトラックバックをされる場合、当該記事へのリンクを埋め込んでください。
リンク
ゲストブック
---全体的なコメント等は、こちらへどうぞ。。。
来生自然のホームページ
---私の知の思想史。。。
鉄鼠
---「考える」ということに向き合う。。。
Genxx.blog
移転後http://blog.genxx.com/
---「情」を含めて専門的な立場から「こころ」を模索し続けるGenさんのブログ。。。
研幾堂
---山下裕嗣氏による哲学のサイト。以前、形而上学についてやりとりさせていただいた。
記事ランキング
最新のコメント
Kandomonmasa..
by kisugi_jinen at 01:29
Kandomonmasa..
by kisugi_jinen at 03:51
kisugi_jinen..
by Kandomonmasa at 14:28
> SumioBabaさ..
by kisugi_jinen at 10:41
「神」を完全に解明しまし..
by SumioBaba at 05:06
最新のトラックバック
究極の人工知能。。。ショ..
from 来生自然の。。。
所詮ゲーム、背景を勘ぐる..
from 来生自然の。。。
シン・ゴジラと所信表明演..
from 来生自然の。。。
ポケモンGOのお台場騒動..
from 来生自然の。。。
シン・ゴジラ。。。
from 来生自然の。。。
以前の記事
フォロー中のブログ
外部リンク
ブログパーツ
ライフログ
ファン
ブログジャンル
画像一覧