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裁判員制度。。。知と情と。。。
以前、裁判員制度に反対している比率が都道府県というより地方レベルで違いがあるとの報道があった。
裁判員制度は2009年の5月21日に「誕生」するそうだが、平成20年4月1日に発表された「裁判員制度に関する意識調査」結果では、地域差があるとのことだった。

最高裁判所
裁判員制度トップページ > トピックス > 「裁判員制度に関する意識調査」結果
「裁判員制度に関する意識調査」結果
http://www.saibanin.courts.go.jp/topics/08_04_01_isiki_tyousa.html
http://www.saibanin.courts.go.jp/topics/pdf/08_04_01_isiki_tyousa/siryo1.pdf


裁判員「参加NO」 北海道・東北ほど強く 迫る裁判員制度 (2/2ページ) - MSN産経ニュース
参加意欲は都市部で高く、北海道・東北地方に制度への拒否感が強いのは「管内が広く、地裁から遠い地域から呼び出されて裁判所に行くのが大変なため」(法曹関係者)との見方も出ている。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/080401/trl0804012304003-n2.htm


そうだろうか?

裁判というのは、「情」を主体とした繋がりを大事にする人々にとっては、「知的」に切断され・切断する手段以外のなにものでもないと感じるのではないだろうか?

たとえば、
毎日jp(毎日新聞)
トップ > ニュースセレクト > 話題 > 記事
始まる裁判員制度:被害者参加、模擬実施 最高裁が課題検証--来月から
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20080429ddm041040103000c.html
にて、
被害者の支援活動をしている弁護士らに遺族役として模擬裁判に参加してもらい▽遺族の強い姿勢の質問に影響されないか▽量刑に関する意見を、どの程度まで反映させるか▽量刑判断にばらつきはでるのかなどを検証する方針。
とあり、まさに「情的なもの」を排除する方向性が明確であろう。。。

様々な慣習の内に、知的切断の要素よりも情的結合の要素が「いわゆる」都市部よりも「いわゆる」地方に色濃く残っていると思われる。そういったことが、「義務でも参加したくない」と言わしめる原動力になっているのかもしれない。。。

参考:
http://ja.wikipedia.org/wiki/裁判員制度

※08/04/29 17:00 補足・追加
さて、本ブログで何度か取り上げてきた「知・情」だが、
「知的切断」=「情的切断」
ではない。
ひとことで言うならば
「知的切断」≠「情的切断」 かつ・または 「知的切断」=「情的切断」
とでもなろうか。。。

1.「知的切断」≠「情的切断」
どちらかが先行するとき、いわゆる「因果関係」にて、相互に相補的に補完されうる。
たとえば、「嫌い」という情が感情的に先行するとき、知的に(論理的に)理由付けする行為が相当する。逆の場合もある。

2.「知的切断」=「情的切断」
前回とりあげた、自殺等の完全否定や、短期の戦闘状態の場合に相当する。
どちらが先行するかにかかわらず、両者ともに切断した状態。。。

3.「知的切断」≠「情的切断」 かつ・または 「知的切断」=「情的切断」
複雑な状態ともいえる。揺れ動く総体・情・知の絡み合う状態・情態ともいえる。
たとえるならば、民族の分裂・断裂。。。長期にわたる戦争状態・紛争情態に相当するし、「平和」だと認識している状態でも、感じている情態でも、常に揺らぎ続ける知・情および意志。。。
そういった「人間らしさ」とでも言うべきもの。。。


※08/04/30 04:20補足・追加
「ともし火に我もむかはず燈(ともしび)もわれにむかはず己がまにまに」(光厳院) --- 厳然とした境界を越え得ぬとき、その上でなお、越えうるものがあるとすれば、それは「情」である。

本来的に、「人」が「人」を裁く時、情を排除することは不可能であろう。
それでも、なおかつ、そういったものを排除しようというのなら、非常に優秀な「人工知能」(人工情能ではない)を用いる必要があるだろう。

それゆえに、第三者の「知」で客観的に判断(切断)しなければならない紛争があった場合、双方に対する思いの深さ(情)があってこそ、「知的な切断・判断・判決」が意味をなし得るであろう。

もし、裁判員制度自体、最初から「情」を排除することのみ念頭に置くというのなら、知的切断(客観的判断・判決)が加わったとき、裁判員や裁判官、ならびに被告や原告が受ける、微妙な差異(ひっかかり)が、残っていくのではないだろうか?

それらは切断されて結びつくところを失った情の綻び(ほころび)として、日本中に蔓延していくのではないだろうか?。。。

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by kisugi_jinen | 2008-04-29 15:45 | つれづれ。。。 | Comments(0)
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「ともし火に我もむかはず燈(ともしび)もわれにむかはず己がまにまに」(光厳院) --- 厳然とした境界を越え得ぬとき、その上でなお、越えうるものがあるとすれば、それは「情」である。
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