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坂口安吾。。。「ふるさとは 語ることなし」。。。3枚の色紙に隠された謎。。。
安吾よふるさとの雪はいかに
丸山 一 / / 考古堂書店
スコア選択: ★★★★

秘められた2枚の色紙と突き合わせられたとき、碑文への思いが深まる。。。

昨年末は坂口安吾生誕100年、一昨年は没後50年と記念式典が目立った。

実際の所、坂口安吾の書物は1冊程しか読んでいないのだが、「ふるさとは 語ることなし」の碑文を目の当たりにして以降、安吾の思いについて、ふと考えることが多くなっていた。

もともと、石碑の文は、安吾が生前に著者に送った色紙から写し取られたとされていたが、そのとき、その1枚を除いては他になにもなかったとされ、隠されつづけた色紙が2枚あったという。

この本は、著者が安吾と間接的に親密な関係にあり得たために、はからずも隠し続けることになってしまった2枚の色紙を巡る随想でもある。

碑文「ふるさとは 語ることなし」の二極化する評価は、あたかも多義図形であるところの「老婆と婦人」のごとくあり、本書にて明らかにされた2枚の色紙と合わせて読み込まれるときに、二極化の意味するところが更に深まるであろう。。。色紙の内容については、残念ながら、ここで語ることはできない。。。(ネット検索すると、1枚のみ見ることができる)

たった一つ言えることは、2枚の色紙に秘められた思いは、この本の表題にも密接に絡んでいるということぐらいだろうか。。。
更に言えば、「ともし火に我もむかはず燈(ともしび)もわれにむかはず己がまにまに」(光厳院)とも呼応するものを感じざるを得ない。。。

「ふるさとは 語ることなし」。。。

この碑文は、見るものの心を映し出す鏡なのかも知れない。。。

※2012/8/10 6:30 補足・追記
「ふるさとは 語ることなし」についての二極化する解釈について私見を述べておこうと思う。いままで書かなかったのは、二枚の色紙がネット検索しても一枚しか引っかからず、冒頭引用した書物内にしか記されていない残る一枚の色紙について、内容を明らかにするような記述を避けていたためである。
最近になって、二枚ともネットで検索可能になっていることを知ったので、私見をまとめておくこととにした。

碑文では、「ふるさとは」と「語ることなし」は二行に分断されている。
解釈1
「ふるさとは 遠きにありて 思うもの」(室生犀星)
での使用例のように、「は」を「というものは」として捉える場合。主体(安吾)が「ふるさとというものについては語ることなど何もない」と突き放すという解釈になる。
この解釈の元に、さらに二通りの分岐が生じる。本当に嫌いだから「語ることなどない」のか、あるいは語りたいことが山ほどあるのに、言葉にした途端、偽りになってしまうという思いがあるから「語ることなどない」のか。。。
解釈2
主体が「ふるさと」という解釈。「ふるさとは 何も語ってはくれない」ということである。
事情により中学生時代に防風林のある海岸にいることが多かった安吾は別の書物に書いている
「私のふるさとの家は空と、海と、砂と、松林であった。そして吹く風であり、風の音であった」(「石の思い」より)
冬の日本海の松林を吹き荒れる風と波の音は、激しいものがある。
ゴウゴウという風の音は、桜の木の下での空耳のように安吾の中で鳴り続けていたのかも知れない。
しかし、自然界の音は音であり、意味のある「語り」まではしてくれない。
そこに、何らかの意味を見いだすのは人であり、意味を語った途端に、ふるさとを一定の価値観で規定してしまうことになる。あえて「語らない ふるさと」という概念を保ち続けることで、ふるさとを永遠の存在へと化してしまうことが可能なのではないだろうか?
最後に、他の二枚の色紙は現在ネット上で見ることが可能になっていた。

東北電力|広報誌・番組館|白い国の詩|特集
http://www.tohoku-epco.co.jp/shiro/09_01/01toku/index.html

こちらでも引用し、私なりの解釈をいれておく。さらに、丸山氏の「安吾よふるさとの雪はいかに」の中では、色紙の順番についても触れられており、その順にならべておく。

「雪も新潟の
 雪は変に親切
 すぎる」

「コタツはガサツで
 親切すぎてイヤ
 なものだが あた
 らぬわけにもいかぬ
 悲しい新潟」

「ふるさとは
 語ることなし」
すでに語ることなど何もないかもしれないが、あえて語っておく。。。

他の二枚の色紙に「親切」という言葉が「すぎる」という否定的な用語とともに用いられている。

思いやり、人情といった繋がり。。。あえて否定してしまいたくなる日々を、多くの人は経験しているはずだろう。。。そう、思春期という時代の反抗期、親の情を感じつつも何故だか反発する自分がいることに気がつくときである。まさにそういった思いが、あえてストレートに表現されている。
情的な繋がりを断ち切りたくてもがいても、けっして断ち切ることのできない繋がり。。。

これだけ語っているのにもかかわらず、三枚目の色紙の「ふるさとは 語ることなし」を「ふるさとというものについては、語ることなど何もない」と解釈できるであろうか?

口が達者になったとき、子の親に対する否定的な思いが表現されつづけても、親は黙して受け入れてくれなかっただろうか? 思春期・反抗期を越えたとき、そうして、自身が親という立場になったとき、本当は知っている(知っていた)はずの親の大切さと情の深さをしみじみと感じ取るのではないだろうか?

他の二枚の色紙が「新潟」という具体的な地名を入れているのにもかかわらず、こちらは一般的な名称としての「ふるさと」である。

「ふるさと」を親という概念に重ねるなら、「ふるさとは 語らない」は「語らない親」という一般的な概念に相当するのではないだろうか?

安吾が自身の家・家族やふるさと・新潟のことをあれこれ書いたとしても、墜ちるところまで落とし込んだとしても、決して切り離すことのできない情というもので繋がり合っているということを知っていたからこそ、最初の二枚を書くことができたのであろう。

そうして、そういったことを書き連ねていても、「ふるさと」は受け入れてくれるだけの包容力を有しているということを感じ取っていたのであろう。

それは、決して「言葉にできない」情だからこそ、あえて「語ることなどしなくても」十分に感じ取れるものだといいたかったのかもしれない。

。。。勝手な解釈を書き連ねてしまった。。。
。。。安吾や安吾のふるさとの人々は、私の勝手な解釈について、あえて「語ることなく」、「そういった解釈もあるよね」と暖かく受け入れてくれるだろうか?

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by kisugi_jinen | 2007-01-25 02:29 | つれづれ。。。 | Trackback(1) | Comments(0)
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「ともし火に我もむかはず燈(ともしび)もわれにむかはず己がまにまに」(光厳院) --- 厳然とした境界を越え得ぬとき、その上でなお、越えうるものがあるとすれば、それは「情」である。
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