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個人情報保護法。。。個人状報保護法。。。境界と越えるものと。。。
個人情報保護法を解釈する上で、個人情報というものを、所有権モデルで捉えるとらえ方と、所有権モデルの限界を越えているという考え方があるそうだ。
所有権モデルで捉える場合、このブログで記述してきた「知的切断面」と同様の側面が生まれる。すなわち、「私のもの」という境界が法的に明瞭に設定されるということが、所有権モデルである。
「じょうほう」を「情報」として、すなわち、能変(主体思量識)としての「繋がり合っていて切り離すことのできない心情を含む」として捉えるならば、「所有権モデルの限界を越えている」は当たり前のことになるであろう。
さらに言えば、「じょうほう」を「状報」として、すなわち、「所変(客体印象識)」としての「心情を含まない、知的に切断可能な」として捉えるならば、「所有権モデルとして扱える」は当然のことのように思われる。

※情報と状報、情と状について 2006/11/03 01:57 補足説明
このブログでも情と状の違いや、小野氏の論文について触れているが、方向生として、情報はボトムアップ的であり、状報はトップダウン的であろうと考える。これは、「知」が共通の理解を前提条件にしようとする(すなわち客観的方向性を求める)のに対し、「情」が繋がり合おうとする個々の「こころ」に根ざしている(すなわち主観的方向性を求める)からであろう。。。

日本において、「状報」と「情報」の区別がなくなったまま、今日に至っている状況・情況こそが、本来ならば成立不可能な個人情報保護法を、成立可能(だと幻想的に共有可能)な個人状報保護法として成り立たせているのかもしれない。。。
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by kisugi_jinen | 2006-11-02 02:24 | つれづれ。。。 | Comments(0)
<< 切断された情の行く末。。。 封筒のパラドックス。。。参照編。。。 >>



「ともし火に我もむかはず燈(ともしび)もわれにむかはず己がまにまに」(光厳院) --- 厳然とした境界を越え得ぬとき、その上でなお、越えうるものがあるとすれば、それは「情」である。
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