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独仏の歴史教科書。。。
ドイツとフランスが歴史教科書を共同編纂したというニュースがテレビで流れていた。。。
Excite エキサイト : 国際ニュース参照

互いに主張が異なる場合には両者の意見を併記しているという。。。

まさに、私の求めている「境界を保ちつつ、境界を越える」という行動そのものである。

日本および関連諸国は、同じことが出来ないまま、いつまで泥仕合を続けようとするのであろうか。。。

※06/11/11 06:11
エキサイトのニュースが消えていた。。。

代わりに、毎日のキャッシュを引用しておく
http://cc.msnscache.com/cache.aspx?q=4474632417707&lang=ja-JP&mkt=ja-JP&FORM=CVRE

で、再度検索した結果、「両論併記」はないということが赤旗の記事に載っていた。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2006-06-10/2006061006_01_0.html
うーーんんん。。。当時、ネット検索したときに「両論併記されている」と記述してあった記事をみたはずなんだが。。。

これだから、「歴史的事実」誤認の危険性は、常に考える必要があるといえるかも。。。

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by kisugi_jinen | 2006-05-06 00:18 | つれづれ。。。 | Trackback(1) | Comments(5)
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Tracked from 来生自然の。。。 at 2006-05-18 03:52
タイトル : 知・法の境界と心・情の境界と。。。
「独仏の歴史教科書。。。」へのコメントにしようとしましたが、独立した投稿にしておきます。 当初、心・情から発生しはじめた境界が、知的・法的な境界へと一度変換されてしまうと、変更したり取り壊したりするのに、多大な労力・情・時間が必要になることでしょう。 心・情の境界と知・法の境界のずれが繰り返し境界の破壊的な変動を生み出すという事実は、ヨーロッパの歴史が雄弁に物語っているように思われます。 心・情にて生み出される境界は、本来(ボトムアップ的・動的)に作り出されます。 あたかも炎によっ...... more
Commented by oigami at 2006-05-15 00:23 x
 はじめまして。うさちゃんのページを踏み台にお邪魔します。
・・・・・・
論理的には未熟に思える行動にも、異なる視点からは何らかの利点が見いだせるのかも知れません。
 人はそれぞに己の利益を最優先に考える。その結果として、日本は周辺諸国から警戒という攻撃を受け、周辺諸国は日本の行動を制約し、欧米諸国には漁夫の利が生じる。
 極東レベルの利は、全地球的レベルでの害となるにせよ、極東レベルの利を追求する者に対しては説得力に欠けます。……極端な表現ではありますが。
 それぞれが運命共同体なのだ……という自覚が生じたとき、争いはなくなるのでしょうが、日本人の「水に流す」の思想は、世界的レベルで見ればご都合主義に受け止められるのでしょうね。
Commented by kisugi_jinen at 2006-05-15 23:42
争いが不可避であると感じられるとき、無理に境界を排除しようとすると、かえってこじれる場合があると思います。
知や力ができることは、せいぜい境界を壊して再構築することぐらいです。運命共同体という概念ですら、頑強な境界が構築されてしまえば、境界外部はどうなってもいいという考えも成立してしまうかもしれません。
であれば、境界ができると言うことに対しては、知や力が境界の両側に均等に働くようにすべく、人智を働かせる必要があるのかもしれません。
実際のところ、政治的駆け引きというものは、そういったものなのかもしれませんが。。。
Commented by oigami at 2006-05-16 20:31 x
 こんばんは
 黄砂も汚染物質も、富栄養化に育てられた巨大クラゲも境界を無視して西から東北に流れてきます。日本には問題が流れ寄せるが、解決策は人任せにせざるを得ない。……問題はボーダーレスなのに、解決策は境界が遮っている。
 極東では、「境界が壊れているのに、境界が超えられない」ようです。

ですが、……ソ連の崩壊時には、「空の鍋は戦車より強い」といわれたものですが、現在の韓国は、隣の親戚の、空の鍋と戦車の両方から狙われていますし、中国にも国内に空の鍋を抱えています。理性では戦車を押さえられても、空の鍋を押さえることは出来ますまい。境界があればこそ、失わずに済んでいるものも多いと思います。
 理解を遮っているのは、境界よりも生活較差かも知れません。
Commented by kisugi_jinen at 2006-05-17 02:54
物質的・法的な境界は、いずれ越えられる運命にあるでしょうし、単に越えやすいか、越えにくいかといった違いでしかないと思います。
問題になってくるのは、精神的な側面、心の境界だと思いますし、私が考え続けているのも、どちらかといえば心の境界です。
国という概念(精神的な側面での知的認識・切断面)は物質的な境界が越えられやすいと感じられたとき(グローバル化可能なとき)には、逆に鮮明化するのだろうと思います。
「空の鍋は埋めようと思うなら埋めることができる」というとき、本来ならば鍋が空になってしまう過程を考え、ならないようにするにはどうすればいいのかを実践する過程を考える必要があるでしょうし、そういったことを踏まえて境界を越えた対応がなされるべきなのでしょう。にもかかわらず、現前し逼迫する情況にまでなってしまっている場合に物理的・法的な境界の破壊的な越境の危険性が高まるのでしょう。
Commented by kisugi_jinen at 2006-05-17 02:56
心の境界は知的な境界とは別にあると思います。空腹という概念を理解できても、空腹を感じることはできない。餓死直前の空腹を感じることができ、周囲も同様の情況であったときでも、自身の命と他者の命とのどちらを犠牲にするかは、あらゆる情況によって変化しうるため、(内部においては)解決策を知的・統一的に論じることすらできない。このような場合には、物質的・法的な(外部との)境界は(破壊を避けるならば)越えられるためにあるように思います。問題なのは、空腹だと感じる・感じない集団の間に生じている心の境界をどのように越えることができるのか?ということだと思っています。
このような情況での理解は、心の境界を越えようとする思いの後に付いてくる、おまけみたいなものだと思っています。
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「ともし火に我もむかはず燈(ともしび)もわれにむかはず己がまにまに」(光厳院) --- 厳然とした境界を越え得ぬとき、その上でなお、越えうるものがあるとすれば、それは「情」である。
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