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変わり行く面影。。。
子供、特に乳幼児期の子供は、知らず知らずのうちに変化していく
子供の変化に親がついていけないと感じるとき、
こころの重なりは、その前からずれていたのだろう。。。

こころは時空の中の仮想の点ではない
それは、広がりを持っていて
それを思う人々のありようで
無限大にまで広がったり
無限小にまで狭まったりする。

そして、目に見えない壁を「情」というもので超え・素通りしていく。。。
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by kisugi_jinen | 2004-09-28 05:40 | つれづれ。。。 | Comments(2)
Commented by mori夫 at 2004-09-30 13:25 x
私は、「人間の肉体は有限であり、自分と自分でないものの間には、明確な境界がある」と、「知の森」に書きました。
でも、「心」は無限ですね。自分と自分でないものの間には、明確な境界はない。来生自然さんの、おっしゃるとおりだと思います。
Commented by kisugi_jinen at 2004-10-01 04:40
肉体も時間軸を無視すれば無限ともいえるんですが。。。
まぁ、そこまでいくと、虚無思想にはいりこんでしまう。。。

で、「心は無限である」とか「心は有限である」とか「境界がある」とか「境界が無い」とか、「私の思い」で、ダイナミックに変化している。

「ふと、我に返る」という言葉がありますが、
「我に返るまえ」、「私の心」は、誰かの行為を一心に見つめていて、その人になったかのような気持ちでいたかもしれないし、ただ、ぼーっと宇宙というものに思いをはせていたかもしれない。だれかと楽しく過ごしていたのかもしれない。
「我に返る」瞬間、いままで意識しなかった「私の心」の境界を垣間見る。

ずーっと心に境界がなく無限に広がっている状態であれば、それは「この私」というものが「生きている」とは言いがたい状態だろうと思う。
それは、いいかえれば「心が死んでいる」状態になると思う。

<< 「別れ」。。。 信じるの解説偏。。。 >>



「ともし火に我もむかはず燈(ともしび)もわれにむかはず己がまにまに」(光厳院) --- 厳然とした境界を越え得ぬとき、その上でなお、越えうるものがあるとすれば、それは「情」である。
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