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母親に対する毒盛り事件。。。
「生命」という概念・知的切断面が、(知的幻想的に)一般的に共有されている「生命の境界」を越えたための事件。。。

その背景には、おそらく、当人の「生命」に対する概念が、世間一般的に言われている「生命」に対する概念と「だまし絵的・多義図形的」な関係にあったであろうと思われる。
ことがあげられうると思う。

物質的な側面に対する生命体の概念・知的切断面の境界が、仮想点にまで無限退縮していたのではないだろうか?

そうして、そういった思考が絶対的に思われたが故に、その知的切断面を
彼女の情は越えることができなかった。。。


彼女は、親子という情・絆・総体を、自身の知の優位性に頼って、スッパリと切り落としてしまったということになるだろう。。。

もしかしたら、魂という存在が、肉体から完全に切り離されうると、そう思っていたのかもしれない。。。

科学的・知的切断面を絶対視するということは、魂という存在を消滅させる方向に向かう(仮想点への無限退縮)か、完全に分離可能だという方向に向かわざるを得ない。

どちらに向かったにせよ、知(的切断面)の絶対優位性を信じたのであって、彼女自身の己を信じることが出来なかったということになる。
※報道では、師と仰ぎうるものの思考を信じたとあるが、要するに、他人を信じたのであって、自身を信じたのではない。

彼女自身が己を信じるとは、自己の存在を信じるということであり、その内省こそが、己と全体との連続性を信じるということに繋がることに気づくはずである。

そこから、親子の情の繋がりの彼女にとっての真の意味を捉えられたはずなのに。。。

たとえば、禅。。。

自身への内省が、全世界への扉へと繋がるとも言われている。。。
逆説的に言えば、それほど、自身の心の奥への内省は深い故に、眩暈を覚えるほどになるかもしれない。。。

情を切断しつくした所に存在する、表在性の知的切断に拠り所を求めざるを得ない状況。。。

「知」を最後の一滴になるまで搾り出したときに、何が残るか?、といった内省が不完全にならざるを得ないところまで、仮想的・幻想的な「知」が膨大になったのかもしれない。。。
それゆえ、「知」を越える「情」に気づかないまま、「知」に翻弄され、切断された「情」は、そういった表在的な「知」に翻弄されたが故に、脆くも切れやすく、他者の知的切断面に容易に連結してしまうという状況に陥りやすくなったのかもしれない。。。

※05.11.04 22:08一部修正
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by kisugi_jinen | 2005-11-04 20:57 | つれづれ。。。 | Trackback(1) | Comments(3)
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Tracked from 来生自然の。。。 at 2005-11-19 06:34
タイトル : フランスの暴動。。。そして日本。。。
首相の靖国参拝問題。。。 母親への毒盛り事件。。。 麻原彰晃の「自己」の境界問題。。。 これらには共通点がある。 それは、今、フランス国内を揺るがしている問題にも繋がっている。。。 それは、「自己」の境界問題。。。 以前、「自由と平等」についての投稿を行なった。 自由と平等といえば、博愛を加えることで、フランス国旗を表している。 政治的指導者達は、トップダウン思考とグローバル化という流れから、自由と平等とを知的に切断することによって、博愛の精神を失ってしまったのかもしれ...... more
Commented by Like_an_Arrow at 2005-11-07 23:21 x
こんばんは。Like_an_Arrowです。

こういう事件が起こるたび、自分も子供を持つ親として、とても複雑な気持ちにさせられます。特に今回の事件は、そのやりきれなさが半端ではないです。自分のブログにその思いを書こうとしましたが、とても自分の力では書き切れませんでした。

もうすでに本人のブログは閉鎖されてしまっていますが、断片的な日記はインターネットの中に切れ切れに残されています。それを読むと本当にこの少女の心が深い闇を彷徨っていた様子が分かります。きすぎじねんさんの書かれているとおり、『仮想的・幻想的な「知」が膨大に』なって、『「知」を越える「情」に気づかないまま、「知」に翻弄され』ている。これは的確な表現だと思いました。

ここに至るまでに、誰かが手を差し伸べることは出来なかったのでしょうか? いや、これからでも彼女のために(そして彼女のような子供達のために)、我々大人が出来ることは何なのでしょうか?
Commented by kisugi_jinen at 2005-11-08 02:56
反抗期・思春期という過程そのものを含めて、成長過程における知の優位期は避けることが出来ないだけではなく、それを越えてこそ、情の何たるか?が、分かるのだろうと思います。
ただし、「知の絶対優位性」を信じたとしても、すでに科学的思考(量子力学系)の観測者問題にて、「観測対象と切り離しえない魂ないし思考主体」という概念・認識は、科学者の間では一般的になっています。しかしながら、知のレベルのみで、観測者問題を考える羽目に陥るのは、おそらく高校の最終学年、しかも理系という限られたグループになってしまうでしょう。既に、生物系と物理系という壁も存在します。
Commented by kisugi_jinen at 2005-11-08 02:57
哲学の専門家ではないですが、思春期前後での哲学的な思考(存在・認識・自己・宗教など)を、積極的に行なう時間帯を強制的にでも取らせる必要があるように思われます。
たとえば、禅。
キリスト教徒ですら積極的に行なおうとする行為であり、仏教の一部であるように思われながら、宗教色を一切取っ払うことの可能な手法でもある。
たとえば、各宗教が、宗教色を取っ払うことが可能で、一般化可能(共有可能・交換可能)な行為のうち、自身の内面を深く考える安全な手法を持ちうるのであれば、積極的にそういったものを提示していくことも考えられます。
少なくとも、「いただきます」「ごちそうさま」「ありがとう」といった、感謝を表す言葉に、どれだけの情を伴って発言できうるか?
といったことからでも、はじめるしかないのだろうと思っています。
<< 境界をなくした男。。。なのか。... 越ええぬ思い。。。越えうる思い。。。 >>



「ともし火に我もむかはず燈(ともしび)もわれにむかはず己がまにまに」(光厳院) --- 厳然とした境界を越え得ぬとき、その上でなお、越えうるものがあるとすれば、それは「情」である。
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