「も」から派生する「超過」という知的切断面。。。
Genさんの列車事故関連の分析は、非常によくまとめられており、かつ深く考えられていると思います。
私自身は、「h.それらすべての遠因である社会的・文化的要因」としての思いを書きましたが、実際のところ、そういった要因が深く関連しているものとして、マスコミの報道体制があるように思われます。 要するに、突っ走り「過ぎる」という感覚。。。 脱線まで至らなければ、マスコミ報道の行き過ぎという感覚はフィードバックされないのでしょうか? 同じようなことは、道路における速度「超過」にも見られます。 制限速度があるにもかかわらず、何十キロオーバーまでなら安全だという確信を、どうやって持ち、かつ、どうして皆が行うのでしょうか? 事故が起こらなければ、スピードは速ければ速い方がいいと言う感覚に皆が陥ってしまう。。。 おなじことが、マスコミ報道にも言えるように思えます。 事故(自殺など)が起こらなければ、(情報ではない)状報は多い方がいいと言う感覚に皆が陥ってしまう。。。 事故が起こったときに、かならず発言される 時速○○キロ「もの」スピード 本来ならば、「事故を起こすほどの」スピードというのが妥当なのだろうけれど、具体的な数値状報を求めてしまう。。。 そうして、それが切りのいい数字(100キロとか)であれば、「やっぱり」なんて感覚に陥ってしまう。。。 そういった感覚と同じものが、ボーリング大会に対するパッシング報道を引き起こすのだろうと思います。 共感(および共感したつもり)という知的切断面の一線と、「事故」という凄惨な現状を引き起こす一線との違い。。。 前者は、不必要に細かな状報を求めるのに対し、後者は、必要かつ十分な状報を求めている。。。 前者は、知的・幻想的な共感故に、情の知的切断面にしか過ぎず、後者は、関連するあらゆるもの(そうして知・情・意も)が一体となった総体として捉えられなければならない問題に相当するであろうゆえ、真の情(共感をも超える遺族の方々の情、そうして当事者の情)を含んでいると考えます。 マスコミ報道の「速度超過」を含め、共通の要因である「h.それらすべての遠因である社会的・文化的要因」に関しては、皆が深く考えねばならない問題なんだろうと思います。。。
by kisugi_jinen
| 2005-05-08 03:44
| つれづれ。。。
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from あさひ素材 社長雑記
at 2005-05-11 12:12
タイトル : 大丈夫だろうか…
私には今、ひとつの憂いがあります。 近年では最大の鉄道事故を起こしてしまった JR西日本 。 その関係者の中から、自殺をしてしまう人が出てくるのではないだろうかという不安です。 ... more
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