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上から目線と知と情と。。。
上から目線。。。
この言葉が流行し始めてから、数年が過ぎた。。。

使い方や、使われるシチュエーションにも様々な場合があるように思える。
両極端な事例を上げれば、良いかもしれない。
1. 如何ともし難い権力への抵抗の意味
2. 努力すれば得られる程度の知識の無さを隠す意味

端的に言えば、相手に対する意味合いと、自身に対する意味合いが、混ざり合っている。
然しながら、通常は、いや、表向き、言う側から言われる側を揶揄する意味でしか捉えられていない。どうしてだろうか?

自他の境界を挟んで高低差を見出す時、人は情としての自己防衛本能から、知的に、いや稚的に、相手を下げずむ言葉を探し出し、あるいは、創り出す。そうやって情的に満足するレベルで終わってしまうのかもしれない。

学童期に、そうやって泣かし泣かされ、相手の痛みを知りながら思春期人になった時、大人の対応を学んで、一皮脱皮した言葉遣いを会得して行く、すなわち、もう一段上の知的思索、情的認識へと踏み込むことが、「上から目線」という言葉が流行る前の時代だったように思える。

自身の成長に脱皮という境界線を見出すことは本当は無い。後から振り返ってみれば、そうだったのかなあと感傷に浸る時に、そう思えるという程度のもので、自他の境界概念とは異なる。

しかしながら、逆説的に「上から目線」を2番目の意味合いで使う人々は、知らず知らずのうちに、脱皮出来ないとか、したく無いという境界線を引いてしまっているのかもしれない。

超える前に境界概念を認識し、超えずに済むことを稚的に探るのかもしれない。





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by kisugi_jinen | 2016-10-23 03:34 | つれづれ。。。 | Trackback | Comments(0)
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「ともし火に我もむかはず燈(ともしび)もわれにむかはず己がまにまに」(光厳院) --- 厳然とした境界を越え得ぬとき、その上でなお、越えうるものがあるとすれば、それは「情」である。
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