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ray。。。Butterfly。。。BUMP OF CHICKEN。。。
2年ぐらい前から聴き始めたBUMP OF CHICKEN。
と言っても、久しぶりにCDとして購入したアルバム・RAYから入ったので、それ以前の曲はよく知らない。

RAYから受けたイメージは、リアルとロールプレイングゲームに代表されるヴァーチャルとの狭間に息づく若者の心情と言ったところ。
両者を重ね合わせ、透かして見てる感覚に捉われる。リアルの側から透かし見る世界には、ヴァーチャルの世界だけでなく、思い出の世界も重なり合う。私の様な中年のノスタルジックな回顧癖にも上手く重なり合ったのだろう。そういった情景を作り出している代表作が「ray」となっている。
歌詞には少し捻って意味を考えさせる様なフレーズがあるが、この部分にて、視聴者の意識を現実へと呼び覚ます効果があると思う。
しかしながら、私が興味を持ったのは、もう一つの視点についてである。
生死の境界を透かし見る視点である。
いや、元々生死の境界が存在しえないヴァーチャル世界へのリアルからの視点と言ってもいいだろう。「天国への階段」のイントロに重なる「ゼロ」は、正にそういった視点の代表作だろう。
日本人にとっての死生観は曖昧さを美徳とするが如くだが、知的に考え抜いた先に定位させ続けないと、宗教に飲み込まれてしまいかねない脆さがある。
そういったデリケートな領域に踏み込んでいながら、ヴァーチャルを利用しての禁断の境界越えを見事に描出していると言っても過言ではない。

アルバム・RAYについても、もっと書きたいことがあるのだが、死生観をさらに深く追求している「Butterfly」について書くべきだろう。

この曲を最初に聴いたとき、サッカーの応援ソングか何かか?と思った。というのも「サンガ」というフレーズが耳に残ったからである。後日、CDの歌詞カードにて「量産型」だと知ったのだが、語の区切りと語尾を曖昧にしてフレーズを繋げる技を確認したので、ますます聴き込む結果となった。
ここでの「量産型」は、正に「人間」そのものを指していると思っている。
いや、もっと広く、遺伝子レベルで定義され得る、種という概念になろうか?
そういった視点にて見ていくと、個体・個人という枠組みに対する種・民族・全体・世界・社会と言った枠組みを対置していると見做すこともできる。
あたかも卵から蝶までの変化の様に決められた運命としての道筋、そこにおいてのアイデンティティの確保は、思春期人にとって最大の問題でもあると共に、蝶になる前の蛹の様に、通過儀礼でもある。

さて、死生観について少し具体的に見てみる。例えば「明日生まれ変わったって、結局は自分の生まれ変わり」
蛹の中で、芋虫の体は一度ドロドロに溶けて、生まれ変わった様に蝶になる。もしかしたら、そういった意味のフレーズかもしれないが、素直に取れば、死後に続く輪廻転生の概念に通じていると捉えるべきだろう。しかしながら、「生まれ変わったとしても」と言った仮定であることは重要だと思う。だからこそ、複数の宗教すら簡単にスルーしてしまい得る日本の「曖昧さ」、いや「タフさ」を秘めた歌だと思う。

更に、全体の基調とでもいうべき、当事者の視点に立脚しての記述。
「この心 自分のもの 世界をどうにでも 作り変える」
「その心 自分のもの 君が見たものから 生まれていく」
非常に危うい独我論を彷彿とさせるフレーズでもあるが、アイデンティティの確立という概念からすれば、越えるべき思索になる。
また、二つ前の引用に続くフレーズ
「どういじればどうなるか 本当はちゃんと 知っている・・・」
この部分、思春期人が通過しなければならない「人智で全てをコントロールできる」と言った幻想を臆することなく言い切っている。

2016.09.22 追記
前回、かなり持ち上げた評価を書いたのだが、総じて「自身の視点」という踏み台(不動点)をしっかりと担保しているからなのだろう。特に、
「悲しいほど強い魂 どれだけ憎んでも 消えない 消せない」
のフレーズは、
「我思うゆえに我あり」を、斜めにつき破り、受動的・悲観的な側面から、能動的・主体的な側面へと、自らを誘っている。
たとえ、魂の存在そのものを否定されたとしても、他のなんびとも理解しえないとしても、自らが感じざるを得ない「魂」としか言いようの無い塊。
その塊・魂は、他者によって消され得るものでもなく、自らの手によって消し得るものでもない。
絶対的に否定的な側面にて消滅を否定するが故、たとえ限定された「知」の内部であったとしても、いや、限定されざるを得ない「知」の内部だからこそ、逆説的に肯定的に「生」を歌い上げている。

まさに、思春期人の死生観を、見事に詠み上げた歌だと思う。




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by kisugi_jinen | 2016-09-20 03:42 | つれづれ。。。 | Trackback | Comments(0)
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