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わたしを離さないで。。。Never Let Me Go。。。その19。。。
わたしを離さないで。。。Never Let Me Go。。。その18。。。

違和感。。。と不安感。。。

私が感じ取っているのは、そういった類のもの。。。

多くのレベルで、積み上げられた大小不同の歪(いびつ)なブロックが危なげに揺らいでいる。そういった違和感。。。

それでも、全体を繋ぎ止めているのは、ドラマとして成立させようという一途な思いと、基底を流れている、人類共有の不安感なのではないだろうか?

複数回の投稿途中から、一神教的な背景・思索の方向性について多くを書いたが、実の所、視点をどこに持ちたがるのかにて、思索の方向性が決められてしまう。一神教的な視点・方向性は、内から外に向かう視点であり、多神教的な視点・方向性は、外から内に向かう視点である。
規範・基準をどこに置きたがるか? といった概念と言い換えてもいい。

したがって、国とか民族とか宗教とかいった区分に基づくというより、個人的レベルでの差異に基づいている。
しかしながら、この差異は、西洋系と東洋系の基本的な思索の差異でもあり、巷の教養系クイズ番組でも取り上げられたことがあるので、ご存知の方も多いかもしれない。

内から外に向かう視点を重視する向きは、自己を規定している境界線について、さほど頓着しない。いや、境界線が見えにくい位置に視点がある。認識し得る範囲のやや外側に境界線があるからである。プラス思考の観点からは、主体性があり、リーダーシップがあるといわれ、マイナス思考の観点からは、独善的で、ワンマンだといわれる。

外から内に向かう視点を重視する向きは、自己を規定している境界線について、極めて敏感である。他人の視線にて、自己を評価しようとアンテナを張り巡らせているからである。

安物の両極端な性格分析だと思われるかもしれないが、両方の方向性を有していたとしても、両方を常にバランスよく保つことは極めて困難であろう。

この揺らぎ、バランス状態は、中立的な思索を行っていると思っている人ほど、他人に影響されやすいともいえる。流言飛語、Twitter、Lineこれらの「噂話」や「伝聞情報」に影響を受けるとともに、自らが主体的に外部に再発信しようとしたがるのは、両方の心理状態の揺らぎが周囲の動きと同調したからに他ならないのではないだろうか?

今回の原作ないしドラマは、まさに内から外に向かう成長過程とともに、伝聞情報の根源へと突き進み、自ら積極的に動いていく若者たちの物語という側面

と同時に

外から内に向かう規定(外側の人間にとっては、内から外への方向)にて死・魂という人間の根底に関する概念について縛り付けられてしまったクローンの苦悩を描いている。

多少の矛盾にあえて触れることなく、境界を挟んだ方向性の揺らぎのなさ、固定性こそが、日本人の視点から見れば、強引で不安定に見え、違和感を醸し出している元凶だろう。

それでもなおかつ、一抹の不安感をもたらしているのは、日本という民族内部にて混在しつつも噴出している、他人を顧みることのない身勝手な行動を起こす人々が増えているからかもしれない。。。

何時の時代にも、どのような体制にあっても、認識の多様性と同時に多階層性・多レベル性は混在している。にもかかわらず、ある一定の方向性に整えられかねないという不安感が背景になければ、日本で受け入れられる物語とは、ならないのではないのだろうか?

2013.03.14 20:00 一部修正
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by kisugi_jinen | 2016-03-13 13:19 | つれづれ。。。 | Trackback(1) | Comments(0)
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Tracked from 来生自然の。。。 at 2016-03-16 12:18
タイトル : わたしを離さないで。。。Never Let Me Go。..
わたしを離さないで。。。Never Let Me Go。。。その19。。。 わたしを離さないで Julia Shortreedさんの歌う挿入歌。。。 "Never let me go" TBSで公開されている http://www.tbs.co.jp/never-let-me-go/special/ 昨夜、眠い目をこすりつつ、メロディーに合う長さになるよう訳してみたのでファンメッセージに投稿してみたのだが、恥ずかしながら明らかに誤訳してたので、修正版をこちらにあげておく。 ...... more
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「ともし火に我もむかはず燈(ともしび)もわれにむかはず己がまにまに」(光厳院) --- 厳然とした境界を越え得ぬとき、その上でなお、越えうるものがあるとすれば、それは「情」である。
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