AX
わたしを離さないで。。。Never Let Me Go。。。その11。。。
わたしを離さないで。。。Never Let Me Go。。。その10。。。

交換可能性と不可能性。。。

美和は人とクローンの間を生きたといえる。

美和は美和であり、恭子は恭子である。

「恭子になりたかった」という言葉の裏には、
「(魂の認められないクローンではなく、)人になりたかった」という切実な言葉が隠されていると同時に
「美和というアイデンティティの本質を見失う寸前だった」ところを、自らの言葉で回復することを意味している。

アイデンティティという交換不可能な魂の根源を失うとき、人はまさに(人の)クローンと化する。
「入れ替わっても同じ」という交換可能性。。。

思い出の品、宝箱は、個人の記憶が消えても残り続ける、交換不可能なものであると同時に、関連のない他者からすれば、ゴミそのもの。

何がアイデンティティを成立せしめるのか?
思い出?
記憶?
いや、他者を含め、全体との関連性の中にこそ、アイデンティティが存在する。
そうして、関連性が一方的なものではなく、双方向的であってこそ、真のアイデンティティ・魂の根源が存在しうる。

「私を離さないで!!」

そう叫ぶ声に、わだかまりの全てを捨て去って寄り添う者を、何人たりとも排除することはできない。

それこそが、魂と魂の繋がり

他者によって決して証明されえない自らの、そうして、相互の心が相互に証明しあう「人間」としての尊厳。。。


2016.03.06 06:45 追記。。。
上記、ドラマ後半での、原作では婉曲的に表現せざるを得なかった部分に対し、おもわず記述したのだが、本ブログでのこのシリーズ2回目に記載した文章の後半に、密接に関連しているので、そのまま、再度記述しておく。
わたしを離さないで。。。Never Let Me Go。。。その2。。。

ここから ===>>>
このドラマに深く感情移入してしまう人や、逆に嫌悪感を抱く人、あるいは大したドラマではないと思ってしまう人がいたとしたら、そういった二面性を常に意識しながら、このドラマを最初から見直してみるべきだろう。

老人介護現場での老人と介護士との関係で生じうる諸問題、ヘイトスピーチ問題、民族的な意識の強さに基づいた相手国・国民への誹謗中傷行為、テロを正当化する宗教概念と空爆を養護する思想背景、あらゆる問題の核心が、この物語の背景には隠されているように思えてならない。

全員が排除しようとする時、たった一人でも受け入れようとする人がいる限り、その「寄り添いたい」という心情を踏みにじることは許されるのであろうか?

全員から排除されようとしている時、誰かに助けを求めようとする心情を踏みにじることが許されるのであろうか?

「わたしを離さないで」
そこに、心情的・知的・策略的・謀略的な意図が見え隠れしたとしても、気が付かないふりをして、そっと寄り添ってあげることができるのであろうか?

Never Let Me Go!
Could you stay in a calm frame of mind with the person who might not be so innocent but sometimes malicious ?

クローンを交換可能な物質と見ることが前提のありえない世界を想定した、ありえない物語と考えることなく、
また、クローン、いや人間ですら、交換可能な物質でしかないと見做したがるが故に、大した物語ではないと思うこともなく、二面性を担保しつつ、考え続けるべきなのだろう。

また、そう考え続けようとすることで、どちらかに偏りかけたときにも、自身の思いに寄り添い続けることができるのではないのだろうか?

Can you keep thinking within double standards without leaving yourself ?
<<<=== ここまで

今回の場面に対し、「おぞましい」と見る向きがあったようだ。

当然である。

吐き気を催すほどにおぞましいと思うのであれば、どうしてそう思ってしまうのか?の根底に立ち、現在の日本、いや、世界で繰り広げられている、吐き気を催すほどにおぞましい出来事の数々から目を背けることなく、考え続けるべきなのかもしれない。。。


2016.03.06 10:12 追記
別立てにすべきか迷ったが、ここが一番しっくりくると思い、追記しておく。
スターウォーズは、ほぼ万人に受ける映画であるが、ストーリー展開の途中から、クローンという概念が導入されている。
今や誰もが知っているとおり、敵の兵士の多く(トルーパー)はクローンである。
まさに、戦闘のために作られ、殺戮し、殺戮される。
そこにおぞましさを感じるか、感じないのか。

実は、この「おぞましさ」という感覚、イシグロ氏が原作での主題として「段階的に学習すべきこと」とも密接に関連している。
日本においては、「平成ガメラシリーズ」に該当する。
あるいは、正義と悪との境界概念が崩れ去った「仮面ライダー」シリーズや、「ウルトラマン」シリーズも該当するだろうか?
読み手、視聴者の視点と年齢層、成長という概念を十分に組み入れたメディアというものは、もはや望むべきものではないのかもしれない。。。

イシグロ氏がドラマ化に賛成したからには、ラストの2回に上述に関連する事項をぶち込んで欲しいものである。

[PR]
by kisugi_jinen | 2016-03-05 01:36 | つれづれ。。。 | Comments(0)
<< わたしを離さないで。。。Nev... わたしを離さないで。。。Nev... >>



「ともし火に我もむかはず燈(ともしび)もわれにむかはず己がまにまに」(光厳院) --- 厳然とした境界を越え得ぬとき、その上でなお、越えうるものがあるとすれば、それは「情」である。
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31
検索
カテゴリ
最新の記事
お知らせとリンク。。。
お知らせ
●コメントスパム対策のため、承認制に変更しました(2010.09.29)
●トラックバックのリンクチェック機能を追加しました。excite以外からのトラックバックをされる場合、当該記事へのリンクを埋め込んでください。
リンク
ゲストブック
---全体的なコメント等は、こちらへどうぞ。。。
来生自然のホームページ
---私の知の思想史。。。
鉄鼠
---「考える」ということに向き合う。。。
Genxx.blog
移転後http://blog.genxx.com/
---「情」を含めて専門的な立場から「こころ」を模索し続けるGenさんのブログ。。。
研幾堂
---山下裕嗣氏による哲学のサイト。以前、形而上学についてやりとりさせていただいた。
記事ランキング
最新のコメント
Kandomonmasa..
by kisugi_jinen at 01:29
Kandomonmasa..
by kisugi_jinen at 03:51
kisugi_jinen..
by Kandomonmasa at 14:28
> SumioBabaさ..
by kisugi_jinen at 10:41
「神」を完全に解明しまし..
by SumioBaba at 05:06
最新のトラックバック
所詮ゲーム、背景を勘ぐる..
from 来生自然の。。。
シン・ゴジラと所信表明演..
from 来生自然の。。。
ポケモンGOのお台場騒動..
from 来生自然の。。。
シン・ゴジラ。。。
from 来生自然の。。。
[自我=自己の自己に対す..
from 来生自然の。。。
以前の記事
フォロー中のブログ
外部リンク
ブログパーツ
ライフログ
ファン
ブログジャンル
画像一覧