AX
永遠のゼロ。。。
映画館で見ることができなかったのだが、地上波初登場・完全ノーカット版を録画し、見ることができた。
原作は購入したまま読んでいないが、ストーリー構成に大きく影響している部分等がどのように配置換えされているのか等、読み込んでみたいものである。

ストーリー展開には、「真夏のオリオン」や「終戦のローレライ」にも用いられていた「終戦後の視点」からの俯瞰的な構図が主人公を通じて描き出されるという基調が織り込まれている。

ただし、当然のことながら巧妙に、いや、半ば強引に、キーパーソンを滑り込ませている。映画化されたときに、強引さが強調されただけなのか、原作において、どのような扱いになっているのかは気になるところである。
それ以上に気になるところは、心・魂の扱いについてである。

心・魂が連綿と受け継がれていく概念については、積極的に賛同する立場にあるのだが、そのことについて登場人物に吐露させ、物語の核心を描く段での会話と流れには、異様な程の違和感を抱かざるを得ない。
それは二次的に感じるレベルにあるべきだと思っている。

特に、そのことを家族の絆の主軸に置くことには違和感を覚える。
おそらく、私が、父を疎ましく思っていたことと重なるのかもしれないが、「それは違うんじゃないの?」と言わざるを得ない違和感である。

無論、乗り越えるべき時間設定について、映画では断片的な描出で省略せざるを得なかったのだろうし、十二分に両者の関係は深まっていたとして何ら問題は無いと思えるのだが、抱擁させる直前に、あえて、心・魂が連綿と受け継がれていくという概念に通じる会話を、当事者の口かを通じて発言させるというのは、いかがなものなのだろうか?
不義を行うに免罪符をあらかじめ欲しいと声高に叫んでいるようにしか見えない。
心・魂が連綿と受け継がれていくという概念は、感じ取るべきものであって、言葉にした途端に、陳腐な道具に成り下がってしまいかねない。

短く編集された映画ならではの制約であればいいのだが、原作を読むまで、最終的な批評は避けるつもりである。
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by kisugi_jinen | 2015-08-02 01:30 | つれづれ。。。 | Comments(0)
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「ともし火に我もむかはず燈(ともしび)もわれにむかはず己がまにまに」(光厳院) --- 厳然とした境界を越え得ぬとき、その上でなお、越えうるものがあるとすれば、それは「情」である。
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