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佐世保・女子高生事件。。。生死・情を凌駕する知。。。
多くの専門家の方々、ないし専門家と称する人々が、様々な解説を開陳する(いや、既にしている)ことであろう。。。
人々はその「知的説明」を読み漁ることだろう。。。

「自分たちとは別の、非常に特異的な」面を見つけたいと、あるいは「悪魔的な」あるいは「気の狂った」人物像があぶりだされることを、心のどこかに切望しているのではないのだろうか。。。

残念ながら、このブログには、そういった「安心感」を得る記載は無い。。。
なぜなら、ただ一点を除いて、彼女の中には異質なものは見いだせないと思っているからである。

この先、この記事を読み続けるのであれば、その一点のみに複数の彼女の経緯・事実を重ね、自分自身を納得させようとしてみるのもいいかもしれない。。。いや、私自身がそう切望しているからだけなのかもしれない。。。

ただ一点。。。それは、彼女にとって「生死」の境界が無いということ。。。

その境界を越えうるのは、「情的な繋がり」のみでしかありえないにもかかわらず、彼女の「知」が、彼女の体験するあらゆることを含み、そうして、「生死」の境界すら飲み込んで肥大化した。。。

「生死」を越えた彼女の「知」が、渇望し続けるもの。。。それは「解剖しないと分からないもの」だと、彼女が信じているものに相当することだろう。。。

おそらくそれは「生」そのもの。。。

彼女にとっての「生」は「解剖しないとわからない」と「誤認しているもの」・「知的幻想しているもの」なのだろう。。。

残念ながら、幾ら解剖してみても、彼女の知りたい「生」という本質は決して見つかることはない。

物質をいくら切り刻んでみても、「生」の本質は見えてはこない。。。

漂白剤を飲ましてみても、人の心が漂白されないように。。。

動物を解剖しても見つからなかったのは、動物と話ができないからではない。。。

いくら人間の女性を選んで切り刻んでみても、母親の「生」は、そこには見つからない。。。

「命の大切さ」という一般論は、彼女にとっての母親の「いのち」という個別論とは、決して相容れるものではない。。。

「感情」を凌駕し、内部に完全に閉じ込めていると幻想を抱いている彼女の「知」。。。

彼女が真に涙するとき、「知」の殻を越える「情」のみが、彼女にとっての「亡き母」を越えた「生」に繋がりうる唯一の手立てであることを「知る時」、いや「感じる時」なのかもしれない。。。

その時、彼女は知ることだろう。。。「知」によって捉えられていた幻想は、全ての繋がりの切断面でしかないと。。。切り刻んだ物質の切断面には見えてこない「生」という実体は、「知」が素通りする「全体・総体」そのものなのだと。。。
そうして、個別の死が一般論の死と重ね合わさるとき、「二度と取り戻せない」という真の意味を、「生」の本質に重ね合わせることができるかもしれない。。。
友達の死は一般論の死とは異なる、特別な死だということを。。。

彼女の知によって、心の内部でばらばらに切断されたものが、知を越えた彼女の情によって、再び繋ぎ合わせられる日が来ますように。。。

2014.10.06 04:55追記
彼女の父が自殺をしたというニュース。。。
ネット上では、様々な人々が、様々な見解を述べ立てておられようだが、一連の事件(出来事)の一部として捉えるべきものであろうから、切り離して一般論として語ることは避けるべきものなのだろう。。。
私自身が、もっとも知りたいところは、彼女自身が、父親の自殺について、どのような感情を抱いているのか?というところである。ただ、それだけを知りたい。。。

2014.08.06 追記
※「生死の境界が無い」
端的に言えば「生きているもの」と「死んでいるもの」を同一視するということ。「生きているもの」が「死後も生き続けている」と思うことも含まれるし、「生きていることは幻で、全てが死んでいる状態と同じだ」と思うことも含まれる。すなわち「生と死を同一視する」という言葉で置き換えてもいい。
「同一視」というより「交換可能性」という概念に相当するかもしれない。
母親の死とその後の再婚。。。
「母親が死んでも交換可能」
「父親が死んでも交換可能」
「友達が死んでも交換可能」
。。。
一般論的な「死」を知的に処理しうるというとき、生命はおびただしい数の「死」を通り過ぎ「生」へと続いていくことだと認識しうるだろう。。。知的・物質的には(多くの哺乳類の母親の)胎内にて「生」が生み出されていく。。。彼女の行為から類推される「意志」は、まさにその「生」と「死」とが繫がるところに向かっている。。。

上述の「境界概念」については、本ブログにて複数回に渡り記述している。詳細は過去の記述を参照していただければありがたいところである。

交換可能性と切断面(境界)の移動。。。
http://jinen.exblog.jp/3148272/

ハクチョウ撲殺。。。「ゲーム感覚」と「楽しいから」の背景。。。
http://jinen.exblog.jp/8526197/

母の願いは境界を越えるというのに。。。
http://jinen.exblog.jp/768610/

自殺に関して、あるいは「死ぬ意思」と「生きる意志」について。。。
http://jinen.exblog.jp/1397867/

境界をなくした男。。。なのか。。。麻原彰晃。。。
http://jinen.exblog.jp/3736782/

鬼の心の奥に潜むもの。。。秋田男児殺害事件の境界。。。
http://jinen.exblog.jp/4969633/

「いじめ」と「知的切断」と。。。知の優位性とその背景。。。
http://jinen.exblog.jp/8425528/

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by kisugi_jinen | 2014-07-30 04:54 | つれづれ。。。 | Trackback | Comments(0)
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「ともし火に我もむかはず燈(ともしび)もわれにむかはず己がまにまに」(光厳院) --- 厳然とした境界を越え得ぬとき、その上でなお、越えうるものがあるとすれば、それは「情」である。
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