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裁判員制度と極刑概念。。。
とりあえず、完成版とします 2014.09.30 03:08
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この文章は2014.06.19に書き留めていたメモから、記載を始めています。
ブログを更新する時間もあまり無いので、メモを積み残し、時間のある時に編集しなおして完成させていくスタイルとします。
完成後の最終的なタイトルは
・裁判員制度と極刑概念。。。
になる予定です。
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個人的な意見で申し訳ないのだが、「極刑」という概念にて私が想定するのは「私刑」である。次のレベルに来るのが「生命を保護されない無期懲役」で、その次に来るのが(一般的概念での)「無期懲役」で、その次にて、ようやく「死刑」が来る。
一番目と二番目は、法律を有する国であれば、通常許されえない「極刑」であろう。
三番目と四番目は、現行の日本での法規として制定されているが、多くの国が死刑を廃止している。
国民・民族の死という概念の捉え方によっても、「死刑」の位置はずれてくると思われる。
死後を想定する宗教のあり方も影響しうる。
日本はどちらかと言えば無宗教であろうから、「死刑」が一番最下位になるのだろうと思っている。
だからこそ、「死刑」という制度は廃止されえないのではないのか?
(2014.07.16途中)

2014.09.30 02:45再開・追記

二番目の「生命を保護されない無期懲役」は、間接自殺を企てる人々のために合法的に制度化すべきだと考える。合法的に・積極的に地獄を現世に出現させるべき時が来ているのかもしれない。。。

「地獄」、すなわち死後の苦しみが信じられていた時代、悪人の「死」は「地獄」での苦しみへ放逐するという特別な意味を帯びていたことであろう。
「宗教の不在」という宗教を共有する人々は、「死後は無い」ということを共有するがため、「死」は苦しみからの逃避そのものという宗教を信じるに至った。
結果、自殺者は増え、いじめや殺戮、テロによって人が死んでも何とも思わない人々が増えている。
猟奇的とされて蔑まれてきた死体の切断が横行し、平気で人の殺戮現場をネット上にアップする人々が出現している。
旧来の宗教で、死後に追いやられていた地獄が、まさに現世に出現しているといって過言ではない。
「死刑」が極刑として成り立たなくなっている状況で、それでも「死刑」に加担することで心の安静をかき乱される人々がいる。
そういった人々が裁判員に任命され、流れ的に「死刑」が確定するような裁判を担当することになったなら、「私は死刑を極刑とは思わない。終身刑が極刑だと信じている」と、あらかじめ宣言しておけばいい。皆が極刑を望むときには、終身刑を求刑すればいいのだから。。。
・・・
逆に司法当局は、裁判員に任命するとき、四つの極刑概念のどれを極刑と信じるかを、あらかじめ宣言させるべきだろう。。。
あと、心身二元論か一元論かについても、あらかじめ、宣言させるべきであろう。。。
「理想的な真の自己」と「そうでない自己」という二項対立図式を信じているかどうかも、あらかじめ宣言すべき事項になるだろう。。。
「そうでない自己」を悔い改めることで「理想的な真の自己」を取り戻せるという物語が成立するところに、社会復帰を前提とした刑法が成立しうるのだから。。。
。。。
自らの正義心で、他人の悪事をネット上で匿名攻撃する人々。。。
「皆してるし、私は一回しかしていない」という自己恩赦にて罪を逃れられると勘違いしている人々。。。
境界を越えて土足で他者の心の中に踏み込む人々。。。
「私刑」を合法的だと勘違いしている人々。。。
死後の地獄を信じていない人々。。。
現世の地獄を作り出している人々。。。
自ら作った現世の地獄に落ちないよう、くれぐれも注意しつづけるように。。。
。。。
これからの世界を生きていく人々へ。。。
ネット社会は、死後や死後の天国・地獄を信じる人々よりも、信じない人々の力が強くなるように出来ている。。。
死後を信じる宗教の人々も、死後を信じない宗教の人々も、そういったことを十分にわきまえて、相互の宗教を尊重しあうべきなのだろう。。。たとえ、一方の宗教からみれば、他方の宗教が悪魔という概念であったとしても。。。
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by kisugi_jinen | 2014-07-16 04:30 | つれづれ。。。 | Trackback | Comments(0)
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