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間接自殺。。。その虚と実。。。
先日の大阪での無差別殺人は「死刑になることを望んで、誰でもいいから殺した」と報道され、専門家から「間接自殺」の典型例として解説がなされていた。

wikipediaでの「中田修」(精神科医。専門は犯罪精神医学。東京医科歯科大学名誉教授)の項目内に記述がある。
間接自殺とはロンブローゾが提唱した概念であり、『死を希望しているも果たせず、直接に自殺する代わりに死刑の執行を受ける意図のもと重大な犯行を犯すこと』と定義される(吉益脩夫、内村祐之監修『日本の精神鑑定』みすず書房1973年)。
この概念は、自殺が悪とされていた18世紀のキリスト教圏で流行したようであるが、日本では極めて珍しい症例であって特筆される。

とされている。
中田氏によって国内で最初の事例を鑑定された当時と比較し、最近の無差別殺人には「間接自殺」の概念が適応されるものが多いという。

どうすれば、そのようなばかげた行為を防ぐことができるのだろうか?

最初に思いつくことは「死刑を廃止すること」であろう。

しかしながら、「死刑が極刑」だという共通認識がある以上、「人権が保護されていて、捉えておいて生かしておく」ことは、彼らにとってもまた「死刑よりも望ましい選択肢」になってしまいかねない。

できうるのなら「超極刑」といった概念にて「人権を保護せずに、捉えておいて死なない程度に常に自殺を願望し続ける程度に苦しめつづける」という選択肢があってもいいのではないか?と思ってしまう。

でも、そのような「罰」が容認されたとしても、「罪」を未然に防ぐことができるのであろうか?

間接自殺に該当する事例が増えた背景には、「人の死」に対する感受性の鈍磨・消失(情的な繋がりの切断)と、幻想的な知の優位性が根底にあると思っている。

早い話、バイオハザードに代表されるゾンビ系や、生命という概念を周囲から切り離された物質にて再構成可能(転送可能)だという(似非科学的な)空想科学世界であるGANTZに代表されるリセット系が流行っているからだと思っている。

どちらも「死」の概念を弄(もてあそ)んでいて、「不死」の概念に繋がっている。
※2012/070/21 11:18 補足
以前に記載したが、
「脳を知りたいという欲望と不老不死の欲望と。。。」
http://jinen.exblog.jp/6226762/
での「こころ」の取り扱いに関連している。。。

これら両者は間接自殺を望むものに対して「他者を殺すこと」を許容させうるだけの「知的・論理的」な概念を植えつけているのだろうと思う。

ゾンビ系は(架空の)病気による【こころ】の不可逆的な消失と身体の「不死」という状況として捉えられている。心身の乖離を想定する場合での極端な状況でもあり、科学・医療の進歩にて「植物人間」が成立しうるからこそ、生み出された概念とも思われる。

無差別殺人を処する間接自殺願望者は、(科学・医療の発達にて)「死にたいのに死ねない」→「不死の身体を持つのに、【こころ】は既に死んでいるも同然」→「ゾンビ的存在」→「殺戮して当然」という発想にて、自身の自殺願望を他者に投影するのではないのだろうか?

リセット系は【こころ】が「身体という限定される物質(根底にはDNA)」に付随していて、「物質」を元の通りに再現(再生)することで、【こころ】が復活するという空想科学である。それは、【こころ】や情というものは、「限定された」物質(身体や脳)にて形成されうるという概念に根ざしており、ヒトを人間たらしめている【こころ】や情が外部・他者との動的な繋がりによって育まれているということを完全に無視したところに成り立っている。早い話、リセット系は「一期一会」という概念が成立しない空想世界である。

無差別殺人を処する間接自殺願望者は、空想科学を科学として誤認し、「殺害しても(されても)復活可能な自分・他者」として捉えているのではないのだろうか?

間接自殺を思いつかない程度にでもいいから、「死」の概念を「限定された知」(ゾンビ系・リセット系)から解き放ってあげるべきではないのだろうか?
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by kisugi_jinen | 2012-06-12 04:01 | つれづれ。。。 | Trackback | Comments(3)
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Commented by きまぐれ投稿ですが。。。 at 2012-06-24 05:01 x
たまたま拝読して思いましたが、一般には自殺願望者が、本当の意味で死にたがっているかというと、実は、むしろ逆であろうように、おっしゃるような、「【こころ】は既に死んでいるも同然」というのは、多少なり違うのではないかなという気がします。
もちろん、ああした犯罪を犯してしまう者というのは、極端に自己完結的な独りよがりな世界観を持ってしまっているらしいとは思いますが。

一つ、大きなキーワードとなるのは、支配欲ではないでしょうか。

その底には、何らかの経緯や原因による自分自身の無力感等も含め、根深い劣等感があるはずで、では、こうした事件の下手人が往々にして、異様なほど、反省心に乏しいように見受けるのも、根底には、自分自身こそは被害者という潜在的にせよ意識の積み重ねがあるからではないでしょうか。
Commented by きまぐれ投稿ですが。。。(続) at 2012-06-24 05:04 x
こうした事件は、極端にして典型的な「巻き込み」型犯罪なわけですが、「巻き込んで当然」という考えがあるのだとしたら、そこには、劣等感と裏腹なほどの支配欲のセットがあると考えられます。
他者の命とか、その存在というものを問答無用で奪うというのは、少なくとも一時的には、最大の支配力の単純な発揮になりえますから。

『「殺戮して当然」という発想にて、自身の自殺願望を他者に投影』
「投影」心理は、もちろんあるはずです。
殺す相手に、殺さるべきに価する、無力な自分を重ねて見ている部分もあるのでしょう。
なるべく抵抗力の乏しい者をターゲットに選ぶということもするでしょう。

その劣等感が何によっているものかということが、真の解決の道を探るときの基本的なカギになるのではないかと考えます。限界もあるかしれませんが、価値観、システム、あらゆる面で、社会全体にかかわってくることだと思います。
  
Commented by kisugi_jinen at 2012-06-28 00:14
スパムコメントしか来ないような不毛の地を尋ねてくださって、ありがとうございます。
劣等感←→支配欲
といった軸からの視点、参考になります。
関連するような記事を記述する折に、参照させていただこうと思います。
ありがとうございました。
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「ともし火に我もむかはず燈(ともしび)もわれにむかはず己がまにまに」(光厳院) --- 厳然とした境界を越え得ぬとき、その上でなお、越えうるものがあるとすれば、それは「情」である。
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