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情の欠落するもの。。。情を欠落させるもの。。。越えようとする思いの大切さ。。。
半年以上も前の記事だが、つい最近知ったので引用しておく。
当たり前といえば当たり前のことが確認されたというべき実験でもある。
http://www.afpbb.com/article/life-culture/health/2725848/5743460

要約すると
大勢の人々の前で発表するというストレスにさらされた子供(上記実験では7歳から16歳の少女)に対し
1.母親に抱きしめられたとき
2.直接電話で話をしたとき
3.母親と連絡を取らずに差し障りのない映画を見たとき
のいずれかを行った場合、
1が30分以内にストレスを示すコルチゾルの分泌が低下
2では1時間以内に低下
3では1時間たってもストレスを示すコルチゾルが正常よりも30%高かった。
とのこと。
快適さを示すオキシトシンの分泌も同様の結果になったとのこと。

非常に当たり前のことに思えるし、そのような実験を行うこと自体、少女に対する非道のようにも思えてしまうが、逆説的にいえば、そういった実験の結果がなければ、事態の深刻さを理解できない人々もいるのだということを意味しているのかもしれない。

さらにいえば、実験では「非常に大切なこと」が隠されてしまっている。
子供それぞれの個人ごとの心情についてである。実験では、そういった個人差を排除するために均質化(客観化)が暗黙裡になされている。平均を取るという手法もまた、そういった背景があるからである。
母親と生き別れた子供や死別した子供は当然のことながら当初から対象には組み込まれないし、母親との仲が悪い子供も除外されていることだろう。
ようするに、(実験では「当然とされるべき」)受け手の母親に対する近親感という心情もまた、非常に大切だということである。

このことは、下記内容でも重要であろうことはあきらかであろう。

先日、阪神淡路大震災の被災者で、独居老人となられた方々が孤独死していくケースが多いとの番組を見た。対策を講じておられる方々がおられるが、個人の力ではどうしようもないとのことだった。
しかしながら、非常に簡単な、ある方法で防ぐことができるという。

上述の母娘での電話ではないが、手紙のやり取りだけでも違うとのこと。

中学・高校の学生との文通を働きかけたところ、いまも続いているケースにて、老女が「一人暮らしをしていると、死を思うときもあるが、手紙を読み返すことで、そういった気持ちが消えてしまう」(発言内容は微妙に異なると思います。記憶に頼って書いています)とのこと。

手紙をやり取りする過程で、成長していく子供たちが、その時々の悩みや喜びなどを報告してくれるのがうれしいとのこと。そういった繋がりが大切なのだという。
東日本大震災でも、今後活用できる方法だという。

関連してネット検索していると孤独死とその対策をまとめた文献が見つかった。
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/ce/2011/kh01b.pdf

その中では、1992年にスタートした京都の大江町での「ふれあい郵便」が取り上げられている。郵便物の内容ではなく、郵便局員が独居老人に郵便を届ける時にひと声かけるという趣旨のようである。

しかしながら、老人を食い物にしてしまうオレオレ詐欺もまた、広まっているという事態をも考えるべきであろう。純粋に人とのつながりを信じあえる状況ではないということこそが、受け手である老人の心を閉ざしてしまうかもしれない。

最近、京都大学霊長類研究所・松沢哲郎所長が出演されるテレビを二番組ほど見た。一つは放送大学での講義、もうひとつは進化における人間とサルとの差についてである。記憶している限りのサルと人間との違いについて、羅列しておく。
1.二足歩行に伴う骨盤の変化で、チンパンジーは一人で出産できるが、人間は出産時に「協力」が必要になった。
2.チンバンジーにとっては当然の能力であるが、人間にとって不可能な知的能力がある。(複数の視覚対象を人間の数倍?の速度で峻別し記憶する能力)---放送大学分
3.遺伝子は数パーセントしか違わない。
4.チンパンジーに協力させる実験をおこなうと、知的に認識しているにもかかわらず、相手が協力して欲しいと積極的に申し出てこない限り、協力しない。
(半分以上寝ていたので、部分的になっています。今も眠たくなってきたので、今は思い出せません。放送大学のものは最後までみていましたが、もう一つの番組は録画していたはずなので、確認し次第、訂正・追記する予定です)

要約すると、人間とサルを分かつものは遺伝子や能力のみではなく、具体的な事象がなくても「思いやり」といった心情的な要素にて、「協力」しあえるかどうかといったこともまた、大切なことがらだということである。

何にしても人間が生きていくうえで「心温まるような繋がり」は必要不可欠ということである。

あたりまえのことであるにもかかわらず、当たり前でない状況に置かれてしまう人々がいるということ。「当たり前でない状況」もまた、人間が創り出してしまうということ。

そうして、「心温まるような繋がり」は、発信者の側の思いのみではなく、受け手側の思いがあってこそ成立しうるということを、深く考えるべきであろう。。。。

思いは、閉ざされるためにあるのではない。断ち切られれるためにあるのではない。
繋がりあおうとする思いは、たとえ閉ざされようと、断ち切られようと、越えていこうとすることこそが大切なのかもしれない。。。
たとえそれが、ヒトがヒトとして生まれてきたゆえに持ち合わせている本能であったとしても、いや、数パーセントの遺伝子の影響によるものであったとしても。。。
※数パーセントの遺伝子の違いのみで説明されるものではないでしょう。少なくとも「人間」という総体として発現しているものなのでしょう。遺伝子単体では何もなしえません。

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by kisugi_jinen | 2012-01-28 03:51 | つれづれ。。。 | Comments(0)
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「ともし火に我もむかはず燈(ともしび)もわれにむかはず己がまにまに」(光厳院) --- 厳然とした境界を越え得ぬとき、その上でなお、越えうるものがあるとすれば、それは「情」である。
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