。。。
個と全体。。。
どちらがなくても、 どちらも存在しえないというのに。。。 知と情。。。 どちらがなくても、 どちらも存在しえないというのに。。。 記号、遺伝子が、 それらを育む全体から切り離されえないのは何故だろうか? 人類を特徴付けている「知」が、 それらを育む全体から切り離されえないのは何故だろうか? 様々なレベルにおいて生じるとされている創発。。。 それらを育む全体から切り離されえないのは何故だろうか? そこに隠されているものたちを深く覗き込むとき、 。。。ふと、垣間見えるもの それは 大地を越え 知的切断によって語られるとき それは、様々な姿として捉えられる。。。 大地であり 「共感する」ということで つながりあうことはたやすい。。。 「共感し得ない」にもかかわらず つながりあおうとすることの方が。。。 いや、「決してつながりあうことはできない!」 ということを知りつつ。。。 それでもなお、越えていこうとする。。。 そういったことが共有できるのであるのなら。。。 それは 願いであるのか 絶望であるのか 。。。 いや、 そういったことすら超越しているようなもの。。。 知的切断面では、「無為の共同体」(ジャン=リュック・ナンシー)などが相当するかもしれない。。。 まさに、そういった観点に対応する、知的切断前の「総体」、いや方向性そのもの。。。なのかもしれない。。。 (下線部は2005.01.01 00:15追加) 。。。私は、それを当初「情の方向性」という一言で表してしまったことを、 今、非常に後悔している。。。 -----2005.1.1 00:10追加。。。 共同体についてのサイト http://www.alpha-net.ne.jp/users2/omth2/biblio/democrat.htm http://www.nakayama.org/polylogos/books/nancy10.html http://www.h6.dion.ne.jp/~kazu-t/Lamitie/vol1/07/nishiyama.vol1.no3.htm http://www.yomiuri.co.jp/bookstand/syohyou/20011001ii03.htm http://d.hatena.ne.jp/asin/4480083510
by kisugi_jinen
| 2004-12-31 23:32
| 思考。。。
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from 来生自然の。。。
at 2005-01-01 02:29
タイトル : それは。。。
大晦日最終時間帯に記した「。。。」 いったい、なんなのだろうか? 更に明確な表現を試みるならば、 1.方向性を有し、その知的切断面に「対象の概念」が立ち現れるもの。 2.対象の存在の有無にかかわらず、「対象の概念」に知的な言及が可能(具体的な指示ないし否定神学的指示が可能)。 3.共有可能(共感可能)な場合と、共有不可能(共感不可能)な場合を含む。すなわち、対立する方向性であっても、両方向性の知的切断面(対象の概念)が同一であれば、同一とみなす。 4.3で「同一とみなす」のは、要請によ...... more
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