昨日は、沖縄復帰の40周年。。。
領土という観点からすれば、北方領土問題、尖閣諸島問題、および竹島問題と重ねて考えてしまう。 また、基地問題は東日本大震災で発生したガレキ問題に重ねて考えてしまう。 海という自然の障壁・境界は、交通手段の発達に伴い、物理的にはその高さを減じているものの、歴史的背景や文化的背景といった情的・心的な境界概念は、物理的な境界概念が減じれば減じるほど、無意識のうちに高くなっているのかもしれない。 というよりも、端的には(物理的な)境界が消失したと知的に表在的に錯覚しているからこそ、情的・心的な境界を飛び越えて「共通認識が可能、共通の問題意識が可能」だと、双方共に、安易に、勝手に(知的に)妄想してしまうのかもしれない。 沖縄が本土に復帰したからこそ境界が消え去ったごとくに錯覚し、見えない心の境界を土足で越えて踏み荒らしているのかもしれない。。。 このことは、遠くない将来の問題として、しっかりと認識すべきことだろう。 表向きに大震災から復興した後、被災という歴史を背負っていかねばならない土地・海・人々と、そうでない土地・海・人々との関係について、将来的な状況に思いをはせるとき、否が応でも沖縄の現状とダブらせてしまう。。。 このまま沖縄の基地問題やガレキ問題が国内でしこりを残すようであれば、「震災後の復興完了」という宣言(境界概念の知的な撤廃)がなされたとき、情的な境界が勃興し、日本の将来に深い影を落とすことになるかもしれない。。。 アイデンティティを構成する重要な基盤として歴史的・情的・心的な差異を差異としてしっかりと認識し、共有不可能だからこそ、厳然とした境界概念として捉えたうえで、「乗り越えようとする」情的・心的な思いを持ち続けるだけのものが必要なのかもしれない。。。 そういった、情的・心的な思いの束を共通に持ち続けることのできる人々が、ボトムアップ的に共同社会を形成していくのだろう。。。 逆説的に言えば、そういった情的・心的な思いの束を共通に持つことのできない人々が、表向き(トップダウン的)に知的概念である「国民」とか「国家」とかいった概念にて縛られるとき、2005年のフランスで発生した暴動事件のような事態に陥るのだろう。。。 参照;フランスの暴動。。。そして日本。。。 はたして、日本の将来は如何に・・・ 小澤の不等式関連のリンクは谷村氏のサイトにまとめられている。
http://www.phys.cs.is.nagoya-u.ac.jp/~tanimura/uncertainty/Heisenberg-Ozawa.html そこでも有料版へのリンクしかなかったのだが、 小澤氏ご本人のサイト http://www.math.cm.is.nagoya-u.ac.jp/~ozawa/ からの「分野別主要論文」へのリンク http://www.math.cm.is.nagoya-u.ac.jp/~ozawa/bunnyabetsushuyouronnbunn.html の「理論物理学」の18番目のリストにダウンロードが有料だったNature physicsに並べて、無料でダウンロード可能なサイトのリンクが埋め込まれていた。 小澤先生、ありがとうございます。^^V) Cornell University Library lanl.arXiv.org > quant-ph > arXiv:1201.1833 http://xxx.lanl.gov/abs/1201.1833 上記からPDF、PostScript版をダウンロード可能である。 よく考えたら、以前お世話になった査読前のプレプリントを保存しているサーバである。なぜに検索をかけなかったのかと我ながら情けない。。。 PDF版への直リンクは http://xxx.lanl.gov/pdf/1201.1833v1.pdf になる。 これで日経サイエンスの記事で疑問だった「σ(標準偏差、ゆらぎ)」についての疑問が解決するかも知れない。。。 少なくとも、εとηの最大値が√2であることは明確に述べられていた。また、それぞれの理論式も記載されていた。 ε(A) = 2 sin(φ/2), η(B) = √2 cos φ 懸案のσが組み込まれた図はfig.5であるが、fig.4と比較すると、すでにσ(A)=σ(B)=1(定数)として処理されていることが一目瞭然である。 一体全体、なぜにそうなるのか? これから、読み進めていくところである。(分かったら本投稿に追記していきます) ===2012/04/23 04:00 追記 図5では、=== ※2012/5/4 11:00 追記 私の本記事についてのTwitterに谷村先生が答えてくださいました。(感謝!!) 時間の関係でとりあえずリンクと内容を貼り付けておきます。 後でじっくりと考えてみますが、今一番気になるのは「1」という値が「1」なのか「h/(4π)(=ħ/2)」なのかですね。。。 https://twitter.com/#!/tani6s/status/194748048159686657 http://jinen.exblog.jp/18174501/ の中で《観測時の状態にかかわらず、「ゆらぎ」が一定値になるというのは興味深い。》と来生さんは書かれていますが、小澤・長谷川実験では、初期状態を σ_z = +1 の固有状態に固定して A=σ_x と B=σ_y のゆらぎを測っています。https://twitter.com/#!/tani6s/status/194748178552209410 観測時(観測直前)の状態は毎回一定です。https://twitter.com/#!/tani6s/status/194748251709255680 この測定に関しては標準偏差 σ(A), σ(B) はつねに 1 になります。同じ記号 σ が、パウリ行列や標準偏差の意味に使われていますが、混同することはないでしょう。https://twitter.com/#!/tani6s/status/194748337713446912 この実験に関して標準偏差 σ(A), σ(B) が 1 になることは、理論的には簡単な計算でわかることですが、彼らはちゃんと実験測定もやって、標準偏差が1 になることを確認しています。https://twitter.com/#!/tani6s/status/194748402238619648 実際には A の平均値と B の平均値を別々の実験セットアップで測っています。https://twitter.com/#!/tani6s/status/194748491912847361 A^2 の平均値は、測らなくても定義より自動的に 1 ですので、さすがにこれは測る必要がありません。https://twitter.com/#!/tani6s/status/194748545520238592 もしも他の初期状態や、他の A, B の向きの設定でゆらぎを測っていたら、ゆらぎの大きさは別の値になっていたでしょう。https://twitter.com/#!/tani6s/status/194748652164624385 長谷川さんたちはそういう場合の実験もやっていました。3月のQMKEK研究会ではその測定結果も見せてくれていました。ただ、その結果は不確定性関係の検証には劇的に重要というわけではないので、論文には書かれていません。https://twitter.com/#!/tani6s/status/194748703540645889 長谷川実験におけるスピンのゆらぎ(標準偏差)の測定について、私が言えることは以上です。 ※2012/5/6 5:25 追記 連休中に少しばかり関連書を読んでみたので、自身の理解度と合わせてまとめてみる。 ●1.小澤の不等式とロバートソン=ケナードの不等式は数学的に成り立つ不等式(ただし、前提条件が付与され、かつ、標準偏差・誤差・擾乱の定義にて状態が設定されるので注意)とのこと。1988年に標準量子限界を打ち破る測定モデルを提示された段階から、2004年に公理的に証明された段階までの変遷があるようだ。 ※2012/5/7 03:30 追記 上述について、谷村先生からご指摘を受けました(深謝) 後日、修正します。 とりあえず、核となる事項のツイッターを貼り付けておきます。 下記で不等号の向きが左右ありますが、とりあえず等号成立時のみを扱えば(すなわちパウリ行列の絶対値相当=1)上述の問題はすっきりと解決すると思います。 === 以下、長谷川氏の実験に関連してσを考えていた一連の投稿 小澤の不等式が成立しえない場合。。。日経サイエンスの記事での落とし穴。。。 小澤の不等式における「誤差=0」の意味するところ。。。 小澤の不等式とスピン-その2-標準偏差:σは無限大にならずに済むのか?。。。 小澤の不等式とスピン。。。 小澤の不等式。。。長谷川氏の実験結果の意味するところ。。。 ネット検索していると、時々誤った因果関係を誘導するような記事を目にすることがある。
CNNのニュース http://www.cnn.co.jp/fringe/30006207.htmlで、 歯科のX線検査、脳腫瘍の発症に関係か 米研究 とあった。 >>>記事では「因果関係は不明」としているが、明らかにX線検査→腫瘍といった記述に読めるようにしてあるが、本当にそうだろうか? 髄膜腫はゆっくりと大きくなる良性の腫瘍で、脳の外側から脳実質や神経を圧迫しながら大きくなるので、発見される前に神経系の症状が出る場合があるようだ。 ※髄膜腫については下記等が参考になります。 髄膜腫(メニンジオーマ):東京女子医科大学脳神経センター脳神経外科 何かしら歯科領域に症状が出れば、歯の周囲に病気が隠されていると考えて検査するだろう。 とくに原因不明の場合には、ことさら詳しく検査せざるを得ないだろう。 そういったストーリーを考えると、 (1)歯科領域のX線検査→髄膜腫 ではなく (2)潜在的な髄膜腫→(何らかの症状)→歯科領域のX線検査 といった可能性もあるだろう。 それと、もし、「(1)歯科領域のX線検査→髄膜腫」とするなら、 (3)歯科領域のX線検査→歯科領域の腫瘍 の方が、圧倒的に多くなるはずではないのだろうか? 調べられた結果は、あくまで「相関関係」であり、因果関係は逆向き(先に腫瘍があった)と考える方が、自然な気がする。 ただし、原著論文を読んでいないのと、年齢層単位での結果が記述されていないので、そのあたり、わかれば追記する予定。 ※2012/04/15 04:50 追記・変更 タイトル文字が長すぎたので、少し変えました 小澤の不等式関連を調べたり、関連ツイッターを辿ったりしているうちに、下記資料置き場にたどり着いた。
清水 明:「量子測定理論入門」 http://as2.c.u-tokyo.ac.jp/~shmz/zakkifiles/07-06-05.html ざっくりと目を通す程度でしか見ていないが、私の知りたかったことや疑問点に関することがまとまっているようだ。 小澤の不等式での誤差の概念は、さまざまにある誤差の概念のひとつにしか過ぎない(定義の違い)とかは、非常に参考になる。 関連して谷村省吾氏のツイッターでのコメントも参考になる。 ツイッターは数か月単位で放置していたのだが、谷村氏のツイッターには小澤の不等式で検索をかけて間接的にたどり着いた。 もっとも、小澤の不等式を扱っていた「数理科学」にて量子力学関係の記事を多く記述しておられ、お名前は存じ上げていたので、ついつい書き込んでしまった。 直近のツイッターでは、「哲学と物理学」に関するつぶやきをしておられるが、哲学の専門家でも物理の専門家でもない私の立場から見るなら、「物理学」が「物」に立脚した論理的思考で、「哲学」は(記述された、記述されうる)「知」を含むような論理的思考であろうということになる。 「物理学」を専門にしておられる側からは、「哲学」は立脚点がないために、好き勝手な言説を述べ立てるだけのように捉えられるだろうということ。 広義の(歴史的な意味としての)哲学は、「論理的思索:知」および「知を愛する」(=philosophia)ということなので、本質的には物理学も哲学に含有されるのだが、「物」から離れた論理(ことば)にて、物理学的な本質を否定するような言説が飛び出す場合には、対立といった概念でとらえられることになるのだろう。 ※2012/04/13 03:10 追加:その後の展開。。。 哲学vs物理学:哲学ってただの「考え事」じゃないの?物理学者からみた哲学 そうそう、量子力学での「局所的」と「非局所的」の概念(定義)について、物理学者と一般的な認識との間にギャップがあるようだ。 量子力学の特徴とは?谷村省吾教授(@tani6s)による解説 http://togetter.com/li/283103 一般的に言われている「非局所的相関」は、量子力学的には「局所的」な現象として捉えるべきもので、非局所的に見えるのは「状態の大域性」と呼ぶべきものだとしておられる。 このあたりの「定義(言葉)」の取り扱いは、まさに(物理学的な立脚点を離れない、広義の)「哲学的」な概念というべきものだろう。 さて、このブログでは、「物理学」や「哲学」の専門家でない個人が「物理学的」「哲学的」な思索を「言葉・記号・図」にしてまとめようとし、その過程で自身の思索(および対象としている思索)に問題点・不足等々ないのだろうか?ということを間接的に確かめようとしている。 たとえば、一連の「EPR相関」関係などである。 EPR相関とBellの不等式と。。。 本来的には、非公開で地道に進めるべきものなのだろうが、公開することで、いろんな意見を得ることができると考えている。(その割にはコメントが少ないのだが。。。) 一方で、公開しているために、言葉のみがブログから分離されて漂ってしまう危険性が常にあり、本ブログの趣旨であるところの「知と情」(本来の哲学・思索)から「知」(狭義の哲学・状報)のみが遊離してしまうような状況もありうるのだろうと、ふと思う時がある。。。
※2012/03/23 03:40、後半に補足・追記を入れました。
※2012/3/27 05:15 さらにσ=1として固定されうる可能性についての補足・追記を入れました。 日経サイエンス4月号を2週間前だったか、入手した。 しばらく仕事が忙しくて鞄に放り込んだまま、ほとんど読むことがなく過ごしていたが、少しばかり時間を作ることができたので、懸案の標準偏差:σの扱いについて考えてみることにした。 長谷川氏の実験結果に関する図が掲載されていたが、小澤の不等式において標準偏差:σ(紙面では「ゆらぎ」)がどのように扱われているかに関する記述がなく、非常に残念だった。(日経サイエンスに「金返せ!!」と叫びたくなる、笑)。 唯一、長谷川氏の実験結果にて、(σを含めた)小澤の不等式のプロットが引用されていたのが救いだった。そこから、σをどのように扱ったのかが類推可能だからだ。同一の図の簡略版はkekのサイトで見ることができる(※1)が、原著論文は有料でのダウンロードになっていたからである。(σの解釈を確かめるためだけに原著論文を購入するのは割に合わないというだけの理由で入手しなかったが、日経サイエンスを購入するよりも良かったかもしれない。←といっても、「小澤の不等式」以外の記事に面白いものがあったので、まぁまぁかな?) プロットされたデータから数値を読み取って計算したところ、σpとσqの値は両方とも1(すなわち、両方ともh/(4π))と固定した値を用いていることが検証された。 いいのだろうか? プロットされた図から定規をあてて読み取った値を基に再プロットし、さらに、σを変えてプロットしたものを示す。小澤の不等式といえども、σの値が変わると、成立しえない場合がありうるのは、一目瞭然である。ちなみにσpとσqの値を入れ替えると、小澤の不等式(図の小澤2)は下に凸のグラフとなって、無事成立する。 ※2012/3/22 03:30 補足追記 下記「小澤2」のプロットは10組みの測定値に対し、Φの小さい方から順にσqを0.5,0.6,0.7,...,1.4と0.1ずつ大きくしたものです。σpは、h/(4π)を単位:1とした場合のケナードの不等式にて等号成立時の値、すなわち、1/σpです。 ![]() ※↑図を2012/3/20 05:48差し替えました。3/22 3:22再度差し替えました。 誤差ないし擾乱が最大値を取る場合に、該当する標準偏差:σがh/(2π)の1/√2以下の値になれば、今回の実験系にて小澤の不等式は成立しえない。(図中、赤矢印) この条件については、既に 小澤の不等式とスピン-その2-標準偏差:σは無限大にならずに済むのか?。。。 http://jinen.exblog.jp/17684183/ にて検証済みである。 注意すべきことは、特定角度におけるεqとηpの値と、ケナードの不等式(数学的に規定される不確定性関係)としてのσq×σp≧h/(4π)という関係式のみ、既知だということである。 小澤の不等式にて誤差と擾乱の両方ともをゼロに近づけることができるのは、σを無限大として扱えるときのみであると(小澤氏は記述)している。さらに、今回の「小澤の不等式が成立する」とした場合のσの暗黙裡の扱い方である。 これでは、「最初に小澤の不等式ありき」で、小澤の不等式を成立させるように、σの方が自在に変化してくれる(から大丈夫)と言っているのと同等である。 このあたり、日経サイエンスの記事では全く突っ込んでいなかったし、kekですら小澤の不等式が成立することを前提条件とした通り一遍の解説のみである。 はたして量子力学的なゆらぎ(標準偏差)は、いつから人間の手で制御可能になったのだろうか? ※σ:ゆらぎ(標準偏差)については、以下の補足・追記にて、さらなる考察を加えています。 ※2012/03/23 03:40 補足・追記 よく考えると、標準偏差:σの最大値も、誤差・擾乱の最大値である√2にならざるを得ないだろう。 ![]() であれば、小澤の不等式は無事成立していることになるのだが、日経サイエンスの記事で、そこまで読み解くことが正しいのかどうか、不安に駆られてしまう。<=== 2012/03/23 03:40 補足・追記ここまで ※2012/3/27 05:15 補足・追記 「σ=1になる場合について」 小澤の不等式におけるσ(標準偏差・ゆらぎ)の取り扱いについては、たとえば あと、残念だったのは、スピンの最大値が±1だということの明記はされていたが、誤差・擾乱としての値が√2(ないし近い値)になっていることの説明(ないし解釈)が抜けている。計測値が+1と-1の二つの場合の標準偏差(※2)に相当するはずである。
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