半年以上も前の記事だが、つい最近知ったので引用しておく。
当たり前といえば当たり前のことが確認されたというべき実験でもある。 http://www.afpbb.com/article/life-culture/health/2725848/5743460 要約すると 大勢の人々の前で発表するというストレスにさらされた子供(上記実験では7歳から16歳の少女)に対し 1.母親に抱きしめられたとき 2.直接電話で話をしたとき 3.母親と連絡を取らずに差し障りのない映画を見たとき のいずれかを行った場合、 1が30分以内にストレスを示すコルチゾルの分泌が低下 2では1時間以内に低下 3では1時間たってもストレスを示すコルチゾルが正常よりも30%高かった。 とのこと。 快適さを示すオキシトシンの分泌も同様の結果になったとのこと。 非常に当たり前のことに思えるし、そのような実験を行うこと自体、少女に対する非道のようにも思えてしまうが、逆説的にいえば、そういった実験の結果がなければ、事態の深刻さを理解できない人々もいるのだということを意味しているのかもしれない。 さらにいえば、実験では「非常に大切なこと」が隠されてしまっている。 子供それぞれの個人ごとの心情についてである。実験では、そういった個人差を排除するために均質化(客観化)が暗黙裡になされている。平均を取るという手法もまた、そういった背景があるからである。 母親と生き別れた子供や死別した子供は当然のことながら当初から対象には組み込まれないし、母親との仲が悪い子供も除外されていることだろう。 ようするに、(実験では「当然とされるべき」)受け手の母親に対する近親感という心情もまた、非常に大切だということである。 このことは、下記内容でも重要であろうことはあきらかであろう。 先日、阪神淡路大震災の被災者で、独居老人となられた方々が孤独死していくケースが多いとの番組を見た。対策を講じておられる方々がおられるが、個人の力ではどうしようもないとのことだった。 しかしながら、非常に簡単な、ある方法で防ぐことができるという。 上述の母娘での電話ではないが、手紙のやり取りだけでも違うとのこと。 中学・高校の学生との文通を働きかけたところ、いまも続いているケースにて、老女が「一人暮らしをしていると、死を思うときもあるが、手紙を読み返すことで、そういった気持ちが消えてしまう」(発言内容は微妙に異なると思います。記憶に頼って書いています)とのこと。 手紙をやり取りする過程で、成長していく子供たちが、その時々の悩みや喜びなどを報告してくれるのがうれしいとのこと。そういった繋がりが大切なのだという。 東日本大震災でも、今後活用できる方法だという。 関連してネット検索していると孤独死とその対策をまとめた文献が見つかった。 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/ce/2011/kh01b.pdf その中では、1992年にスタートした京都の大江町での「ふれあい郵便」が取り上げられている。郵便物の内容ではなく、郵便局員が独居老人に郵便を届ける時にひと声かけるという趣旨のようである。 しかしながら、老人を食い物にしてしまうオレオレ詐欺もまた、広まっているという事態をも考えるべきであろう。純粋に人とのつながりを信じあえる状況ではないということこそが、受け手である老人の心を閉ざしてしまうかもしれない。 最近、京都大学霊長類研究所・松沢哲郎所長が出演されるテレビを二番組ほど見た。一つは放送大学での講義、もうひとつは進化における人間とサルとの差についてである。記憶している限りのサルと人間との違いについて、羅列しておく。 1.二足歩行に伴う骨盤の変化で、チンパンジーは一人で出産できるが、人間は出産時に「協力」が必要になった。 2.チンバンジーにとっては当然の能力であるが、人間にとって不可能な知的能力がある。(複数の視覚対象を人間の数倍?の速度で峻別し記憶する能力)---放送大学分 3.遺伝子は数パーセントしか違わない。 4.チンパンジーに協力させる実験をおこなうと、知的に認識しているにもかかわらず、相手が協力して欲しいと積極的に申し出てこない限り、協力しない。 (半分以上寝ていたので、部分的になっています。今も眠たくなってきたので、今は思い出せません。放送大学のものは最後までみていましたが、もう一つの番組は録画していたはずなので、確認し次第、訂正・追記する予定です) 要約すると、人間とサルを分かつものは遺伝子や能力のみではなく、具体的な事象がなくても「思いやり」といった心情的な要素にて、「協力」しあえるかどうかといったこともまた、大切なことがらだということである。 何にしても人間が生きていくうえで「心温まるような繋がり」は必要不可欠ということである。 あたりまえのことであるにもかかわらず、当たり前でない状況に置かれてしまう人々がいるということ。「当たり前でない状況」もまた、人間が創り出してしまうということ。 そうして、「心温まるような繋がり」は、発信者の側の思いのみではなく、受け手側の思いがあってこそ成立しうるということを、深く考えるべきであろう。。。。 思いは、閉ざされるためにあるのではない。断ち切られれるためにあるのではない。 繋がりあおうとする思いは、たとえ閉ざされようと、断ち切られようと、越えていこうとすることこそが大切なのかもしれない。。。 たとえそれが、ヒトがヒトとして生まれてきたゆえに持ち合わせている本能であったとしても、いや、数パーセントの遺伝子の影響によるものであったとしても。。。 ※数パーセントの遺伝子の違いのみで説明されるものではないでしょう。少なくとも「人間」という総体として発現しているものなのでしょう。遺伝子単体では何もなしえません。 小澤の不等式とスピン。。。
にて長々と訂正を重ねながら書いてしまったが、私が最も興味を抱いているのが、 実験系にて「誤差」と「擾乱」のトレードオフの具体的な関係が明らかになったときの、小澤の不等式での「標準偏差:σ」(記事では「ゆらぎ」)についてである。 この部分はロバートソンの不確定性関係とも関連するが、はたして標準偏差:σは、「誤差・擾乱」の変動関係によらずに一定の値を保ちうるのか? 小澤氏によれば、誤差と擾乱の両方をゼロに近づけることが可能とのことであるが、残念なことに(※1)今回の実験系では、片方をゼロに近づけることができたようだが、その場合に他方は取りうる最大の値:√2(すなわち、スピンの状態としては、+1と-1の両極端の重ね合わせ状態)を取ったようで、真の意味での量子力学的な限界(ロバートソンの不確定性関係)は決して破ることができないことを実証したともいえる。 (※1:私にとってはσが無限大になるといった事態が避けられたので「幸いなことに」である) 問題は、標準偏差:σが誤差・擾乱の関係によらずに、一定の値を取りうるのか?ということである。 もっというなら、 標準偏差:σは測定の影響を受けるのか・受けないのか?ということになる。 個人的には「受けない」のではないのか?と考えている。 いや、正確には、もし仮に小澤の不等式が成立するとしても「受けないでもいいような値が許されている」のでは?と思うのである。 理由はたいしたことではない。小澤の不等式が成立する場合、小澤氏が指摘しているように「誤差・擾乱」をゼロに近づけることが可能な場合には、「標準偏差:σ」が無限大になる(無限大へと操作される)というのが、どう考えても気持ち悪いということにしか過ぎないのである。 そもそも、標準偏差という概念と計測結果という概念の関係からすれば、計測結果のばらつきは標準偏差(ないし分散)と一致しなければならないはずである。それなのに、計測結果の誤差と擾乱がゼロへ収束する場合に、その「散らばり方」であるところの標準偏差:σが無限大へと発散する(させられる)のは、おかしいのではないのか?ということである。 さて、論文は有料とのことで、手に入れていないが、幸いなことに日経サイエンスが明瞭な結果の図を引用してくださっている。 図から読み取れる値をもとに、仕事の合間に計算をしているところである。 現時点で分かったことは、誤差・擾乱が直線的に変化した場合でも、少しばかり複雑な式になるということである。 式は職場に置いてきてしまったので手元にないが、記憶しているところを係数をA,B,Cで表すなら A(σ2-σ1-√2)2 ≧ Bσ1+C といったような不等式が条件としてでてくるということである。(←後日差し替え予定) ※以下、2012/1/27 00:10追加 計算式を持ち帰った。±が少し違っていた。上記の曖昧だった式は判別式Dに相当している。 誤差と擾乱の変化は直線関係ではなく、やや上に凸の形状で変化しているので、式の通りにならないであろうが、おおよその関係を把握することはできると思っている。 念のために繰り返し断っておくが、以下は角度パラメータをxとしたときの誤差と擾乱が直線的に変化した場合を想定した式になっている。 実験結果の該当図は若干上に凸のプロットになっているため、できれば後日、プロットから読み取った値にて近似式をだし、仮想的な直線の代わりに代入してみる予定である。 今回、直線として想定した誤差と擾乱 誤差:(2√2/π)・x --- [1] 擾乱:(2√2/π)・(π/2-x) --- [2] とすると パラメータ:xが0からπ/2までの範囲で成立すべき小澤の不等式:yは、 y(x)=-8/π2・x2 + (2√2/π)・(σ2-σ1+√2)・x + √2・σ1-h/(4π)≧0 --- [3] 上に凸の二次関数なので、x=0およびx=π/2の2点にてy≧0が成立すればいい。 したがって、 y(0)=√2・σ1-h/(4π)≧0 --- [4] y(π/2)=√2・σ2-h/(4π)≧0 --- [5] 念のためy(x)の判別式をDとすると D×π2/2=(σ2-σ1+√2)2 +4√2× σ1-h/π≧0 であり、[4]が成立する範囲でD≧0となる。 [4]は σ1≧h/(4√2・π) であり、成立しない範囲は下記のプロットではほぼ原点付近でプランク定数程度であるため、倍率を1034ぐらいにしないと、見ることも、表現することもできない。(←表現を変えました。2012/1/28 01:10) ということで参考にならないかもしれないが、横軸にσ1縦軸にσ2を、それぞれ(0,√2)の範囲にて設定した時のD×π2/2のプロットを示す。 ![]() 少なくとも、今回の実験系で誤差と擾乱が直線的に変化したとするならば、σは無限大にならなくとも、(それぞれ誤差と擾乱の最大値以下の範囲で)ある一定の値(式[4],[5]を成立させる範囲)を保っていれば、小澤の不等式を成立させうることが分かった。 繰り返すが、誤差と擾乱の実際の値は直線よりも上に凸であるが、おおよその予測として、それほど外れていないと思っている。 ※2012/01/27 05:30 追記 。。。というより、「誤差・擾乱の変動に影響されずに、一定の値でありつづけている」ことを否定されなかったというべきだろうか?。。。 今週初頭の月曜日(1月16日)に、センセーショナルなニュースが飛び込んできた。
普段、新聞などあまり見ないのに、センター試験でのニュースが気になっていたので、月曜の朝から新聞を広げようとしていたからである。 「小澤の不等式が証明される!」 おぉ。。。とうとうやったのか? と、新聞に記載されている内容ではよくわからないのでネット検索をかけてみたら、具体的な論文の概略と図の一部を添付した記事を見つけた。 日経サイエンスの記事である。 2012年1月16日・「ハイゼンベルクの不確定性原理を破った! 小澤の不等式を実験実証」 しかしながら、読み進めていくにつれ、「あれ?」と思うところがあった。 元の記事を引用し、続いて私的ではあるが、考察を加えてみようと思う。 1.方法についての記載部分 中性子のスピン(自転に相当します)の異なる2方向の成分(x成分とy成分)とは,粒子の位置と運動量と同じく,「片方を測定するともう片方の乱れが大きくなる」というトレードオフの関係にあります。量子力学的に見て,両者の関係は同じ不確定性で表されるのです。長谷川准教授らは,まずある中性子のx成分を測定し,続いて同じ中性子のy成分を測定しました。 2.結果についての記載部分 測定条件を変えていくと,x成分の測定誤差が大きくなるにつれて(測定1),y成分の乱れ(擾乱)が小さくなり(測定2),確かにトレードオフの関係になっています。 3.考察についての記載部分(ここがおかしな記述になっている、後述) 注目すべきは実験パラメータが0の点です。x成分の誤差は限りなくゼロに近いので,ハイゼンベルクの式が正しければ,y成分の乱れは無限大に発散するはず。でも実際は1.5弱に収まっています(縦軸は測定値がh/4πの何倍かを表しています)。両者を掛け合わせるとh/4πより小さくなり,ハイゼンベルクの不確定性原理を破っています! 実際,上の測定ではどの実験条件でもxの誤差とyの乱れの積はh/4πより小さく,ハイゼンベルクの式はまったく成立しません。 1の方法を読むと、1つの中性子のスピンの向きについて、ひとつの方向(x軸)を測定し、つづいて、直行する軸(y軸)を測定したとある。通常、スピンをそろえるためには、磁場をかけなければならないので、前段階でz軸方向に磁場をかけていたのだろうと推察される(後ほど、原論文を参照する予定であるが、日経サイエンスにて特集を組んでくださるそうだから、それまで待つことになるかもしれない)。 さて、z軸に磁場をかけた時に、正確にz軸方向にスピンが向くわけではない。中性子のスピンの値は1/2なので、xy平面のいずれかの方向にも向いていることになっている。スピンの長さは(√3)/2で、z軸方向の長さは±1/2で、xy平面内では(√2)/2の長さを持つことになる。 このあたり詳しく記述しているのは、EMAN氏の量子力学の記述である。 http://homepage2.nifty.com/eman/quantum/spin.html http://homepage2.nifty.com/eman/quantum/spin2.html http://homepage2.nifty.com/eman/quantum/spinor.html EMANの記事では、x軸方向に磁場をかけているが、スピンの性質上、同じことになる。 要約するならば、(a)z軸にスピンをそろえた後、(b)x軸方向に計測し、(c)引き続いてy軸方向に計測すると、 (a)では、xy平面内でのスピンの向きは不確定(古典物理学的な角速度は磁場によって確定されるため、位相としての角度が、不確定性原理のために不定となる) (b)では、x軸方向での向きが決定されるため、yz平面内でのスピンの向きが不確定になる。 (c)では、y軸方向が決定されるため、xz平面内での向きが不確定になる。直前の(b)でx軸の向きが決定されたにもかかわらず、x軸の方向を含めて、スピンのxz平面内での方向は不確定になるということである。(←ハイゼンベルグではないケナードの不確定性原理による。正確には[Sx,Sy]=iSzの関係から導き出される関係)(※←赤字追加、2012/1/22 05:12) さて、日経サイエンスにて引用された結果と図を見ると、(b)の時点で、y軸方向のスピンのとりうる値の測定誤差が角度0のとき0で、角度π/2のとき1.5より少し小さい値になっている。図を拡大して値を読み取ると、1.414に近いことがわかる。すなわち√2である。それぞれの軸方向に検出された場合を±1とするならば、(最大の)標準偏差は√2であり結果の図と一致している。 となると、スピンの向きを最大で±1という値に決めたとしても、それ以上の値をとるはずが無く、「無限大」になりえないのは当然のことである。 ↑※2012/1/22 05:07 取り消し修正・補足 EMAN氏の記述は、スピンの方向が決定された後、θ回転している面内にスピンが存在する確率の話なので、誤差と擾乱には直接的には関係しない話でした。 スピンの向きの不確定性は、1つの軸方向について決定されたとき、直行する平面内での向きが不確定になる(すなわち、位相角度がゼロから無限大になる= ※2012/01/22 04:57 追記
ところで、小澤の不等式には、もっと本質的な意味が隠されている。 実は、最近、私が記述した記事不確定性原理の本質。。。小澤の不等式。。。にて疑問に思っていた点について、小澤氏自らが記述している文献を見つけた。 日本数学会の秋季総合講演http://mathsoc.jp/office/meeting/sogo-index.htmlのabstractである。 http://mathsoc.jp/meeting/sougou/2008aki/2008_aki_ozawa.pdf 上記でもっとも重要な記述は Heisenberg は,暗黙のうちに次の仮定をおいている. である。引用文中 ¯hは、エイチ・バー、すなわちh/(2π)。 すなわち、「標準偏差」という概念についてどのように考えるか?が本質的な問題だったということである。 以下、悩んで記述した小澤の不等式に関する稚拙記事を並べておく。 不確定性原理の本質。。。小澤の不等式。。。 不確定性原理。。。小澤の不等式と解釈問題。。。 不確定性原理。。。小澤の不等式と解釈問題。。。2。。。 不確定性原理。。。小澤の不等式。。。別側面から。。。 上述の内容で、ずっとこだわってきたのが http://mathsoc.jp/meeting/sougou/2008aki/2008_aki_ozawa.pdf での「ハイゼンベルグの仮定」 測定精度ΔQ で位置を測定した直後の状態は,標準偏差がσ(Q) ≤ ΔQ に相当することである。 この内容は、私が最初に読んだ小澤氏の別の論文(プレプリント) http://arxiv.org/abs/quant-ph/0210044 http://arxiv.org/PS_cache/quant-ph/pdf/0210/0210044v2.pdf 内での記述 η(P) ≧ σx(P) --- 小澤氏(プレプリント)論文の式(18) ε(Q) ≧ σx(Q) --- 小澤氏(プレプリント)論文の式(19) に相当する。 上述の式は小澤氏がプレプリント論文中で、ハイゼンベルグの仮定部分の証明をトレースした部分に相当しており、式(17)から式(25)の間にて詳しく論じられているようである。 すなわち、小澤の不等式の本質は 標準偏差≧誤差(ないし擾乱) が成立する。 ということに尽きるはずである。 これは、非常に深遠な意味を含んでいる。すなわち、多世界解釈が成り立つということを意味しているのと同等である。 このことの意味については、上記に列挙した稚拙の記事を参照してください。 最近になって上記日本語の論文を見つけて分かったのだが、上記プレプリント中の式(18),(19)から式(25)までの部分は、ハイゼンベルグが仮定した部分に相当するということであり、小澤氏はそれを「否定しようと」していたということで、私の英語力の無さと物理という専門外の分野という障壁(?)が災いして、重大な勘違いをしていたということになる。この場を借りてお詫びいたします。m(_;_)m(各記事には、後ほど追加の文章を記入していくことにします) ※2012/1/22 02:54 追記 先ほど、全ての記事の冒頭に下記を追記しました。 最後に、気恥ずかしながら。。。 ガンバレ、小澤先生!! 勘違いしていてごめんなさい、小澤先生!! ※2012/1/23 2:40補足・追加 スピンでの不確定性は、ハイゼンベルグの思考実験とは少し背景が異なっている。ハイゼンベルグの思考実験は、「同時計測の可能性」であって、今回の実験のように「スピンを同時ではなく、連続して測定する」場合とは異なっている。 低線量放射線被曝の問題は、はっきりいって「いまだに不明」の領域である。
主として約100mSv以下の線量についての仮説としては 1.「しきい値」なしの直線仮説(NLTモデル、ICRP) 2.「しきい値」あり仮説 2-1.ホルミシス効果なし仮説 2-2.ホルミシス効果あり仮説 3.2相モデル などがあるという。 http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/seminar/No110/kagaku050711.pdf それぞれについて、それぞれの研究結果があるが、いずれにしても A) 自然放射線のレベルの変動と人為的な被曝の区分 B) 自らの健康という概念(たとえば病気に対する検査)における被曝と、望まない被曝の差異 について分けて考えたいというのは、人間として当然のことであろうし、そうあるべき問題になる。 しかしながら、一方で、この「当然で、そうあるべき」判断が、問題をさらに複雑にしている。端的に言ってしまえば、科学的議論と感情的論争の混在といった問題、さらには(人為的・望まない)被曝を受ける前と受けた後、すなわち「取り返しのつかない境界」を越える前後での心理状態(ネガティブか、ポジティブか)といった問題が関与してくる。。。 以下、外部被曝と内部被曝に分けて書いていく。 まず、外部被曝について 線質の問題はあるものの、(頻度的にも)透過力の強いガンマ線やエックス線について考えることとする。これらは電磁波であり、光と同じで秒速30万キロで飛んでいくため、線源や撮影装置からの照射が無い状態になれば、即座に消えてなくなってしまう。 物理学的には間接電離放射線に分類されており、主として間接的に励起・電離された生体内の化学物質(フリーラジカル)によって、DNAの断裂が生じるもので、問題となるのは2重鎖の破壊やクラスター破壊と呼ばれる修復が困難な破壊である。 フリーラジカル生成以降のDNAの損傷に至る過程については、生体内で常に発生しているさまざまな生化学的過程と同等であり、放射線に固有の変化ではなく、生体の修復機能によって「ある程度」回復するものである。また、実際に病気が発生するかどうかは免疫系の活性によっても異なってくるであろう。 自然放射線のレベルで言えば、年間1-2mSvといった量(下記内部被曝を合わせると約2-3mSv)となるが、CT検査では、約10mSv程度と一桁程度多い線量を浴びることになる。すなわち、病気の診断に対し一桁程度の増加は医療の世界において、現状許されている範囲ということを意味しているといっていいのかもしれない。(そういった意味では、100mSvといった二桁程度の差は当然問題視されるべきである。←2012/1/23 05:35修正) 病気の治療といった「人為的ではあるが、(説明を受け)本人が望む」(ポジティブな)被曝であれば、そうして、検査を受けないで病気が悪化するリスクと対比して被曝の影響(リスク)は小さいと判断される場合には、被曝の前でも被曝の後でも、何ら問題なく受け入れられるものであろう。 これは、「しきい値」あり仮説を取ろうと、「しきい値」なし仮説を取ろうと、2相モデルをとろうとに関りなく、当人の意思・感情にて決定されるものであり、理性・知的思索は後付的な理由として当人が納得すべく用いられるに過ぎないであろう。 そういった人は、何事についても大らかであるかもしれないし、微小な確率の変化程度については、何ら心配しない人であろう。そういった人は、積極的な行動をとるであろうし、いつもにこやかに笑って過ごしておられるかもしれない。そうして生体内での免疫機能が高まっている(たとえば、笑いによってNK細胞の活性が高まっている)状態かもしれない。 しかしながら、「人為的で、望まない」(ネガティブな)被曝であれば、そうは行かない。たとえ計測限界(自然放射線のノイズレベル以下)であっても、「人為的・望まない」被曝は、「ゼロ」とはみなしえないであろう。被曝後も、決して「笑って・朗らかに」なんて決してなりえないであろう。 さて、一つ目の問題は上記文中に隠されている。 被曝の前においては、「望む・望まない」に応じて、被曝という概念を捉えるべきであるが、望むと望まないに関らず、事故によって被曝した後の場合には、考え方をポジティブに保つようにしたほうが望ましいといえるのではないだろうか? 無論、既に受けた被曝についての態度であり、更なる被曝の可能性に対する態度とは明確に分けて考える必要があり、もともとネガティブな状況では、自己矛盾に陥るため、どだい無理な方法であるかもしれない。しかしながら、少しでも前向きに生きようとする思いこそが大切になってくるように思われる。 次に、内部被曝を考えてみる。 自然放射線として、たとえばカリウムの放射性同位体は日常的に摂取しており、体重60kgの人でカリウム40だけで約4,000ベクレル(その他あわせて約7,000ベクレル)が体内にて保有しているとのことである。これに対してセシウムがどの程度までなら許されるのか?といった考えは、ひとつには上述の外部被曝と同等の考えになるであろうが、半減期の概念を忘れてはならない。カリウムの半減期は12.77億年であるが、生物学的半減期は約30日とされ、摂取量に関らず、体内での量は一定に保たれているとされる。 一方セシウム137は半減期30.1年で、生体内での半減期は70日から100日とされている。すなわち、毎日摂取した場合、カリウムと比べて蓄積していく率は高そうである。実際には、専門機関が出している情報によらざるを得ないが、10ベクレル/日で、1,400ベクレルの蓄積で平衡に達するとのことである。(子供の場合には、約倍の蓄積)。 http://i-frontierasia.com/cesium_chikuseki.html http://sorakuma.com/2011/11/16/5278 外部被曝の場合、(治療で必要だから)望む・(意思に反するので)望まないといった判断によって随時選択が可能であろうが、内部被曝の場合、一旦蓄積されると半減期にみあった期間はゼロにはならないといった「もうひとつの問題」が含まれてくる。 そういったことを加味し、被曝前と被曝後の心理状態をも考えるべきであろうから、ポジティブにすごすには、外部被曝よりも、さらに困難な状況になろうことは明らかであろう。 いずれにしても内部矛盾を抱えることになるかもしれないが、一般論でいえば、(理想的には)望まない被曝の前には「しきい値」なしの直線仮説(NLTモデル、ICRP)に従い、被曝後には、自分自身にとって安心しうるような理論を積極的に受け入れようとし、ポジティブに生きるのがいいといった話にならざるを得ない。 まるで、量子力学での粒子と波動の二重性のような概念操作である。 ただでさえ、目に見えず、専門家でも意見が分かれるところであり、二者択一的に扱わざるを得ない状況におかれてしまうのに、内部矛盾を抱え込んでポジティブに生きようとするといった過酷な状況が求められているといって過言ではない。 そういった状況では、当事者にとって感情の混入した部外者による論争は、はっきり言って迷惑千番になるであろう。意思や意図とは明確に区別された状態での、そうして、「望まない被曝をした」といった感情に配慮した、正確な情報を理解しやすく参照できる環境こそが大切なのではないだろうか? 実のところ、こういった文章を書くことをためらってきたのだが、福島出身者がいる酒の席上で、立場のことなる二人が論争を始めたため、「被曝前と被曝後では、よりどころとなる考え方を変えるべきでは?」といって、割って入り、上記の話の要点を話して論争をやめさせたという経験をした。 二人が納得したかどうかは別として、福島出身者の「望まない被曝をしている人々がいる」といった感情を考慮したならば、たとえ科学的かつ論理的な一方的に「安全だ」「危ない」などとはいえないことについては理解していただいたと思っている。 今回の記述が、このブログを訪れてくださった方々にとって、なにがしかの参考になれば幸いである。。。
久しぶりの投稿ですが、「人は何のために生きているのか」とは、ある意味、非常につまらない問いです。(←2011/11/18 05:45修正)
一言で言えば、「未来のため」です。 確定していない未来には、無限の可能性が秘められているからです。 そういった「未来」のために生きると言っていいでしょう。 たとえ、具体的な目的・目標があったとしても、なかったとしてもです。 逆説的に言えば、何の夢も、何の望みもなかったならば、人は、生きる望みを失って、死に絶えるかもしれません。 でも、如何に絶望的な状況であっても、一縷の望みに夢を託して生き抜こうとする人々が必ずいるのです。 その思いは、未来に永遠に受け継がれていくことでしょう。。。 「風の谷のナウシカ」の原作(全7巻)を読み終えた方々ならば、その意味を深く感じ取ることができるかも知れません。 いや、そのような本を読まなくとも、疑心暗鬼を超えたところに(真理とはかけ離れた)人々の思いを感じ取れる人ならば、そのように思うかも知れません。 人は、幾度、幾たび裏切られようとも、「繰り返し、繰り返し、その朝を越えようとする鳥」なのでしょう。。。 ===「風の谷のナウシカ」では、「生命の目的」そのものが「生命の本質」にそぐわないとしています。 ようするに「何のために生きるのか」といった問いかけ自身が(暗に)無意味だといっているようなものです。 しかしながら、その直後に 「生きることは 変わることだ・・・共に生きる」 と、「生命の目的」を更に暗喩として提示しています。 人の心から(ある人にとっての)「悪」という概念を排除することは不可能です。ナウシカ原作での墓所はまさにそういった「悪」の概念を彷彿とさせています。端的に言えば「目的のためには手段を選ばない」ですが、しかしながら、一方的に「悪」だと決めつけるわけにはいかない「未来」への架け橋でもあるわけです。 そういったことを承知の上で、なおかつ求めて止まないもの。。。そういった観点にて記述された文章なのでしょう。。。 ナウシカ原作での上述のような葛藤は、実のところ、今回の東日本大震災とその後の世間の対応との狭間にも見て取ることができます。 ナウシカは「すべて」を受け入れました。 人類、いや、全人類とまではいかなくとも、日本に在住する人々は、ナウシカのように行動することができるのでしょうか? やはり、宮崎氏(および感銘を受けた読者)の空想の内部で空転してしまうべき定めなのでしょうか? 身近なところで、以前取り上げた「デフォルトの問題」が隠れていた。
エクセルでセルに網掛けをしたあと、網掛け書式を消去することができない。 これは、「セルの書式設定」での「パターンの種類」で選択可能な値に「クリア」相当がないからである。 よく勘違いするのは、選択肢左上の真っ白な「塗りつぶし」であるが、これではエクセルにて元々表示されている「枠線」を消してしまい、決して元には戻らない。 ![]() パターンの種類に設定できる値は、VBAやマクロでのヘルプにて「XlPattern 列挙」を検索すると表示される。 このうち、先の「塗りつぶし」は「xlPatternSolid」に相当し、クリアは「xlPatternNone」である。「xlPatternAutomatic」ではクリアにはならない。 ※これら値は「xlPattern●●●」となっているが、「xl●●●」でも大丈夫なようだ。 ![]() で、エクセルのメニューから、クリアに相当する「xlPatternNone」を選択しようとしてもできない。そもそも選択肢に表示されないからである。 選択範囲のセルの書式全体をクリアすることは、メニューバーから選択可能だが、網掛け以外の書式まで消えてしまう。 仕方がないので、下記の便宜的な手段を実行することにした。 VBA/マクロでの「イミディエィトエリア」で、下記のように入力し、Enterキーを押しながら実行していくという手段である。 Range("A1:B2").Select無論、"A1:B2"については該当する範囲に置き換える必要がある。 ※シート全体を対象としたマクロとして保存しておいて、必要なときに読み込んで実行するという方法もある。 ネット検索しても、他に良い方法はないようだ。 もっと良い方法について、どなたかご存じの方がおられたら、教えてください。 ★追加 2011/08/31 08:46 上記方法ではセルに設定していた色も消えてしまった。。。別の方法を考えるしかないかな? 帰省などで夏に家を空ける期間が長くなると、気になるのが動植物の世話である。
小動物は1週間ぐらい餌を与えなくても大丈夫なものしか飼ってないのだが、植物、とりわけ実のなる植物を育てていると気になって仕方がない。 昨年の夏前にコメリでゴーヤの実を配っていたので、日よけも兼ねてベランダの窓の外に緑のカーテンを作ることにしたのだが、留守中の水やりまでは考えていなかった。 去年は滅菌期限切れで廃棄になる点滴セットを知り合いから分けてもらい、ペットボトルを点滴瓶代わりにして少しでも長く水をやれるように工夫したが、1週間持つわけもなく、随分と干からびていた。しかしながら、ゴーヤの生命力はすごいもので、その後水をやると、干からびていた葉も元気を取り戻してくれた。でも、実のなり方は今ひとつで、4本植えたのに、小さな実が二つばかり収穫できただけだった。無論、初回ということもあって、ゴーヤの育て方自体に問題があったともいえる。 節電のこともあり、今年も緑のカーテンに挑戦。発芽時期などの環境を改善したためか、8月初旬には、比較的大きな実が二つ収穫でき、さらに3つの小さな実ができつつある状態になっていた。1週間の間、水やりを止めるわけにはいかないので、ネットでいろいろと検索してみたところ、やはり点滴式で自動灌水する方法を行うことにした。 というのも、ゴーヤ以外に、子供達が学校等から持ち帰ってきた朝顔やヘチマ、それに昨年から育てているネギなど、大小様々な鉢があり、鉢の底から灌水させることができないものが混在していたからである。しかしながら、市販の自動灌水装置となると水道が必要だったり、高価だったりと問題が多い。 あと、ペットボトルだと日中に灌水することになり、植物にとっては良くないようだ。 http://www.potager.jp/tech/040430.html http://allabout.co.jp/gm/gc/178779/ http://loveisover123.blog66.fc2.com/blog-category-44.html そういった情報の中、1万円を切る価格で自作しているところを見つけたので、当方でも試してみることにした。 (株)緑水学舎・自作、タイマー式水やりはお得かもしれませんね。http://www.simerus-rg.com/timerdrip1.html 上記URLでの方法では、サイフォンの原理で水が流れ続ける欠点を補うため、一カ所だけ水がポタポタ流れ落ちる部分を作る必要があるとのことだが、実は、非常に簡単なテクニックで、上記欠点を補うことができた。 ![]() ![]() ![]() 上記図を見ていただければ分かるのだが、開放端を長くして、真っ直ぐ上に伸ばすだけである。水槽用ポンプで加圧するので、少なくとも約40-50cm程度の水圧になるため、2メートル程度チューブを真っ直ぐ上に上げておくだけのことである。 補足・注 2011/08/19 03:45 追加:上述のURL(緑水学舎)では開放端相当のバルブを「水がポタポタ落ちる程度に閉める」とありますが、こちらの大気圧を利用する方法では、バルブを全開にする必要があります。また、もう一カ所のエアポンプ側にて空気を逃がす必要もありません(エアポンプ側にかませる三方活栓が不要ということです)。 注意点としては、上述のURL(緑水学舎)での記述と重複するところもあるが、 1.灯油用のポリタンクは新品を使うこと。などである。 帰省の1週間前に作り、テスト期間1週間で順調に作動することを確認し、1週間の帰省終了時点で良好に稼働していたことが分かった。しばらく使い続けて、どれぐらいで使えなくなるのかも確認してみたい。 === 2011/09/15 04:30 追記 === 使用開始から1か月が過ぎたが、非常に安定して灌水されている。エアポンプは50cm水深用を用いており、鉢とタンク底面との距離の差が±10cm程度なので、調整しやすいのかもしれない。 いずれにしても、大気圧調整用の開放端チューブ内の最大水位が調整可能な範囲内で上下する程度であれば、部分的に水量を増やすためにコックを多めに開いても、逆に数秒に1滴程度に絞り込んでも、安定して灌水してくれる。 さらに、灌水時間と灌水量は、ポリタンク内の水量に関係なく安定している。 開始時の遅延時間は、タンク内圧の上昇と水位調整用の開放端への水の流入時間と同等だが、1分もかからない。終了時の遅延時間も開放端からの空気の流入による各チューブへの空気流入(すなわちサイフォンの原理による水の流出の停止)時と同等で、こちらも約1分程度である。即ち、タイマーの時間とポンプの圧力、各鉢への分枝部のコックの開き具合にて、ほぼ正確に灌水量を調整できる事が分かった。今回は最短15分の安いタイマーなので15分だが、遅延時間を考慮すると、最短で2~3分程度は必要になる。 コックの開き具合の調整が終了した段階で、満タンの状態から灌水の度にポリタンク表面にマジックで水面を書き込んでいたのだが、1か月の間、書き込んだメモリ通りに水面が低下した。メモリ間隔は均等であり、本手法が点滴方式による灌水として、非常に安定した方法であることが分かった。 鉢植えのネギだが、随分以前から水はけが悪くなっており、2秒に1滴の灌水速度でも、4本/一鉢の内、1本が根腐れを生じたので、植え替えた。植え替え後、灌水速度を調整し直したので、一回の灌水量が全体的に増えたが、安定している。 あと、手での灌水と比較して、一回の灌水量が少なくできた。朝の忙しい時間帯に鉢の底面から水が流れ出す程度に灌水しようとすると、上述の6つの鉢(ゴーヤx2,朝顔x2,ヘチマx1,ネギx1)に対して、バケツ一杯程度の水が必要だったのだが、今回のシステムでは、バケツで半分以下の水で済んでいる。 また、手で灌水していたとき、やはり時々忘れてしまったりしたのだが、このシステムでは、1週間に一度はポリタンクに水を追加することを忘れない限り、大丈夫なので、安心である。 ヘチマは、子供が持って帰ってきた段階で根本から半分程度折れていたのだが、順調に花が咲き続けた。残念なことに雌花が咲かず、実がならなかった。 ゴーヤは去年小さいのが2本だったが、今年は比較的大きいのが6本と順調だった。朝顔もほぼ毎日花を咲かせてくれた。 土地柄、朝夕の冷え込みが強い時期で、花も小さくなっており、芽の伸びも悪いので、そろそろ、終わりにしようと思っている。 来年も、多くの鉢が混在すると思われ、底面灌水はできそうにない。いずれにしても、今後はシステムの経年的なテストをすることになるだろう。 ===2011/09/15 5:20追記=== いずれにしても、緑水学舎の詳細な記事が非常に参考になりました。この場を借りてお礼申し上げます。(先ほど、緑水学舎宛に結果報告を兼ねてメールをしました)。 あと、緑水学舎でも「自己責任で」とありますが、本システムも同じです。システムの利用・応用時には十分注意してください。 例えば、元来、水槽用のエアポンプを流用しているため、逆流防止弁をかまさないと、エアポンプへの負荷が高くなって故障の原因になるかも知れないので、注意が必要だと思います。また、エアポンプは屋内用ですから、雨水などがかからないように十分注意してください。 ※注:個人的な思索のメモです。専門家ではありませんので、記述内容についての真偽の保証はありません。
※専門家の皆様、コメント等いただけましたら幸いです。 EPR相関とBellの不等式と。。。5。。。までは、「宇宙全体を一つの孤在系として扱いうる」という前提条件にて記述していた。この概念は多世界解釈に直結する。 また、この概念は、時空連続体として、宇宙をどこまで細かく分割しても同一の時空として記述可能という前提条件が暗黙裏にあるともいえる。 しかしながら、現在主流の概念は、M理論にしてもストリング系にしても、4次元以上の余剰次元を閉じた空間に押し込めている。 2011/07/14 04:25 取消線にて修正 ↑時空不連続ではなく、連続として矛盾無く説明されるようです。3次元なら逆自乗の法則で力が減衰するところ、n次元なら、(n-1)乗の逆数に比例して減衰するとのことです。 2011/07/14 04:25 追加 繋がり合っている(エンタングルしている)状態とは、両者が、逆(次元数-1)乗での減衰というものに従わない場にて繋がっているのに等しいことになると思います。 2011/07/14 04:25 取消線にて修正、加筆 余剰次元がプランク長さ以下に押し込められていて、エンタングルメントに寄与しない場合 ![]() 2011/07/14 04:25 取消線にて修正,および加筆 プランク長さ以下 ![]()
震災当初、「すごい!」といって津波の威力に見入っていた人々の中には、その内部に何千・何万人もの人命が飲み込まれている事実を認識するにつれ、被災現場を正視するに堪えられない思いを抱く人々もいることだろう。。。
震災の余波は、原子力発電に頼る都心の電力事情を直撃している。 テレビ局も、同じ映像を流すことなく、輪番制で放映時間帯を決め、放送を中止することで、電力消費を低下させるべきではないのだろうか? そうそう。。。炉心融解(melt down)の危険性が言われ続けているが、放出されつづけている放射性同位元素の線量情報も重要だが、その組成の情報が少なすぎる。一時、セシウムが含まれているとの情報があったが、その後、どうなっているのだろうか? 体内被曝の危険性こそ、もっとも重大な情報なのに。。。
政治のことには疎い方だし、短絡的、ないしステレオタイプ的にものごとを判断するのも良くないのだろうが、私の単純なものの見方に当てはまってしまう政局の状態を鑑みるに付け、政局そのものが「流れ」というものに対して如何ともしがたくなっているのか、人の考え方そのものが「流されやすさ」にあがなうだけの力を失ってしまっているのか、そのどちらかなのだろうと、漠然と思わざるを得ない。
そもそも、民主党が政権を獲得したとき、トップダウン的な方向性に対する民意としてのボトムアップ的な期待があったであろう。 しかしながら、「政権の座につく」とは、すなわち、トップダウン的にものごとを決めていくべき場につくということであり、どうしてもボトムアップ的な意見(即ち、いわゆる「民意」)とは、部分的にでも対立関係に立たざるを得ないということを意味している。 単純に言うならば、「八方美人にはなれない」という、至極当たり前のことでしかない。 どうせ「八方美人」になれないのなら、一本「筋」を貫き通すだけの気概を求めるのだろうが、枝葉の論理に振り回されているように見えることもあるし、逆に枝葉を無視して巨体だけを無理矢理突き通すように見えることもある。「筋」とは、「根・幹・枝・葉」の全体(内部)を貫き通すものであり、内部で途切れていたり、外に突き出すものでもないと思うのだが、いかがなものだろうか? そうそう、「筋」で思い出したが、先日、新潟市の市長選挙にて「?」なできごとが発生した。 先日の11月15日の市長選で、現職・篠田氏が、共産党推薦の石口氏に大差を付けて圧勝した。といっても、信任投票的な色合いが濃く、投票率は30%程度だった。、 奇妙なできごとは、当選が決まった翌月曜日のこと。 篠田氏は対中国系の投資に対して積極的な誘致を推進しているとのことである。 これに反対する街宣車が、月曜日に走っていたらしく、「なぜ、新潟市民は篠田氏に投票するのだ!、中国から何十万人と押し寄せてくるぞ!」といった意味の内容をながしていたそうだ。 私は直接聞いたわけではないのだが、内容から言って、明らかに「対中国」の思想家なのだろうが、であれば、「新潟市民は共産党の石口氏に投票すべきだ!」と暗に言っているようなものであり、であれば、「中国に友好的なグループが街宣車に乗っているの?」と思わず勘ぐってしまった。 そもそも、土地や建物を買いあさって顰蹙を買ったという事件は、中国が最初ではない。 バブル真っ最中に、日本はアメリカに対してそういった行為をやっていたのは、有名な事実。 日本からアメリカへは、金が動いたが、人は僅かしか動かなかった。いや、動けなかったのかも知れない。。。 今度は、中国から金が動いて、人も動くかも知れないと憶測が飛び交う。動けば滅びるかもしれないという発送しか持ち得ない日本人。。。 いや、街宣車の有志の思考(筋)が中途半端に折れていたように、、最初から「敗北」の2文字しか脳裏に無いのかも知れない。 真に「筋」が通っているならば、何十万、何百万の民族の流れの最中にいたとしても、日本人としての誇りを保ち続けることができるであろうに・・・ でもやはり、フランスでの暴動事件のように、哲学的思索(知的側面)を大切にする国ですら、「流れ」(情的側面)には逆らえずに、長期にわたって、問題がくすぶり続けることになるのかも知れない。 でもそれは、日本という国から、日本人という民族の誇りでもある「情」が失われ、冷酷な「知」にて自らを束縛し、全てを束縛しようとするときにこそ、そのうような悲惨な自体が生じうるであろう。。。 いや、でも、昨今の冷酷非情な事件などを見るに付け、日本人の心にはもはやそのような心は残っていないのかも知れないと、思ってしまう。。。 言葉を失いし者達へ。。。ダブルリミテッド。。。 川の流れ。。。 ハクチョウ撲殺。。。「ゲーム感覚」と「楽しいから」の背景。。。 靖国。。。思想(知的切断)。。。右翼と左翼の差異と共通点。。。
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「ともし火に我もむかはず燈(ともしび)もわれにむかはず己がまにまに」(光厳院) --- 厳然とした境界を越え得ぬとき、その上でなお、越えうるものがあるとすれば、それは「情」である。
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